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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 27
「雪也ーまた明日な!」
「うん!」
手術をしてから僕の身体は、みるみる丈夫になった。
だから毎日学校に通える喜びを、感じている。
毎日通えば学ぶことも体験することも、それだけ多くなる。
同年代の中で過ごし、新しい事を学ぶ。
すると、どんどん新しい風が吹いている。
身体が丈夫になると、今度は心も丈夫になった。
心身共に爽やかな気持ちで帰宅すると、白江さんの家の方から可愛い声がした。
「雪くーん」
「春子ちゃん!」
僕に向かって駆け寄ってくれる春子ちゃんの髪には、若葉のような金色のピン留めがついていた。
キラキラ光る希望のように、春子ちゃんの血色のよい顔を彩っていた。
僕が知っている女性って、皆、髪が長くお下げにしている人が多いけれども、春子ちゃんは違う。肩の上で跳ねる髪の毛はリズミカルに揺れて溌剌としている。それが眩しい程、似合っていて、新しい風をまた感じた。
だから思わず手を伸ばして、サラサラな黒髪に触れてしまった。
「君を見ていると、心地良いよ。君はいつも身体をしっかり動かして生きている! 明るく広く……新しい心の持ち主だね」
「あ……ありがとう」
「とても、すてきだよ」
タフになった心だから、素直に言いたいことを口に出せるのだ。
春子ちゃんがいるだけで毎日輝いている。それに春子ちゃんとお喋りすると、心の奥がドキドキしてくる。そのドキドキは……昔みたいに怖かったり、痛いものではなくて、とてもあたたかくて幸せなものなのだった。
「雪くんって、すてきだね」
「え!」
まさか自分に『すてき』と返されるとは思っていなくて、動揺した。異性から、そんな風に言って貰った経験ないよ。
「……違うよ。僕はずっと両親に守られて、兄さんの陰に隠れて生きてきたし、今だって兄さまと海里先生に守られて大事にされていて、まだ自分の足で歩いている実感がないのに、だから僕に『すてき』なんて言葉はもったいないよ」
「ううん、雪くんは新しい私を受け入れてくれているから……やっぱり、すてきよ!」
春子ちゃんが微笑むと、そこには春の花が咲くようだった。あぁそうだ、春子ちゃんってチューリップの花みたいだ。 まっすぐな立ち姿、花はふんわり華やかで元気いっぱいだ。
「それを言うなら僕の方だ。僕に新しい風を送ってくれて、ありがとう」
「わわ、なんだかお互い……照れ臭くなったね。も、もう入ろうか」
「ははっ、うん!」
お互いにギクシャクと歩いて帰宅すると、兄さまが迎えてくれた。
「雪也お帰り。春子ちゃんもお疲れ様。何だか二人ともいい顔をしているね。今日も充実していたようだね」
「はい!」
「はい!」
春子ちゃんと僕の声がぴったり重なったので、また照れ臭くなった。
「雪也、学校は楽しかった?」
「はい。兄さま、新しいことを学べるのが嬉しくて、今日も楽しかったです」
「そうか。雪也はこれからもっともっと新しい世界を知ることになるよ」
「頑張ります」
「春子ちゃんのピン留め、可愛いね、白江さんから?」
「はい! さっき雪くんにも褒められました」
「そうなんだね。ゆきがそんなこと言えるようになったのか。ふぅん……」
「兄さまってば」
****
「春子、お帰り」
「お兄ちゃん」
離れに戻ると、お兄ちゃんが作務衣姿で、寄せ植えの手入れをしていた。
「お兄ちゃん忙しそうね。執事の仕事の他に、庭師の仕事までしているなんて」
「おれ、沢山働いてお金を稼いで……春子を学校に行かせてやりたいんだ」
「え? 私? いいよ。高校なんて……お兄ちゃんだって行ってないのに」
「だからかな。お前には普通の学生生活送ってもらいたくて」
「……お兄ちゃん」
実は先ほど、雪也くんが柊一さんと学校の話をしていた時、少し羨ましかったの。でもお兄ちゃんを頼りにはしたくないよ。お兄ちゃんが稼ぐお金は、お兄ちゃん自身のために使って欲しいよ。
お兄ちゃんが失った10年を取り戻して欲しい。
それが私の希望だよ。
お兄ちゃんのお荷物にはなりたくないよ。
「春子……ごめんな。こんな考え……お前に負担をかけるか」
「えっと、とりあえず私はまずはこの生活に慣れたいから、当分このままでいいよ」
「……そうなのか」
「うん、お兄ちゃんとまた会えただけでも幸せなの」
あぁ……こんな時は昔みたいに抱っこしてほしいな。駄目かなぁ。
「春子? あぁ、抱っこか」
「ち、ちがうもん」
「うそだ。お前はいつも疲れると、そうやって唇を噛んで抱っこをせがんだ」
「もう5歳じゃないもん」
「ふっ、おいで……誰も見ていないよ。お前は今だけ5歳な」
「う……」
お兄ちゃんが、私をそっと抱っこしてくれる。
「お兄ちゃん、まだ信じられないよ。お兄ちゃんが目の前にいるのが、だから時々不安になるの……本物かなって」
玄関先にも差し込んでくる夕焼けにふんわり包まれて、思ったのは……
もう少しだけ……このままで。
あの故郷でお兄ちゃんと過ごした日々の続きを過ごさせてね。
「にーたま、今、しあわせ?」
「あぁ、今のおれは……とても幸せだ」
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