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閉ざされた秘密 6
「海里さんって、本当に綺麗ですね」
抱きしめて口づけを交わした柊一がうっとりとした様子で、俺を見上げている。
「何がだ?」
「海里さんの髪の色……朝日を浴びてとても綺麗です。瞳は庭の碧を映しとったような色で……目が離せないのです」
かつて容姿を誉められるのは、好きではなかった。
日本では混血の異端児という白い眼で見られていた。英国留学時は英国人だと勘違いされ、国籍が判明するとあからさまにがっかりされたりもした。
自暴自棄になって、言い寄って来る相手を見境なく受け入れ、遊んでしまった時期もある。
だが柊一の口から出る『綺麗……』という言葉は、趣が深い。心の内面まで見透かされている気持ちになる。
「朝からテツさんの忘れ物を届けてあげるなんて、海里さんは本当にお優しい人ですね」
「そうか。なら褒美をくれないか」
優しい彼に強請ると、柊一は背伸びして、俺の頬にそっと口づけしてくれた。
秋晴れの中、煌めく朝日を浴び、鳥のさえずりを聞きながら、俺達は生まれたての新しい1日を受け入れる。
「今日も海里さんにとって、よい1日になりますように」
俺と柊一が紡ぐ『おとぎ話の世界』は、今日も順風満帆だ。
****
自室に駆け込み、ドアにもたれて深く深く……息を吐いた。
(はぁはぁ……)
気が付けば……全速力で走った後のように肩で息をしていた。躰がゾクゾクし、小刻みに震えている。
あの人が、ゆ……雄一郎なのか。あなたはおれを見たことがなくとも……おれは知っていますよ。あの社で、ずっと夢現に見ていましたから。
足の腱が突然ズキっと傷んだ。もう傷む事もなかったのに……古傷が疼くのは何故か。
「つっ……」
思い出すな! もう忘れろ。
『お前が死に損ないの桂人か……』
あの言葉のせいだ。こんなにも気が高ぶるのは!
言われなくとも分かっている。
おれは15歳で……あの社で死ぬ運命だった。
今、この世に生かされているのは、黄泉の国の入り口で、長く彷徨っていた魂と触れ合ったからだ。
はたして……もっと生きたいと願ったのはおれだったのか。それとも、もう逝きたいと願ったのに、生かされてしまったのが、おれなのか。
今となっては……それすらも分からない。
時が満ちるまで、運命がおれを呼び出すまで、社の守り人として社に住み着いた。やることもなかったので、社を囲む庭の手入れに専念していた。
唯一の話し相手は、鎮守の森が守る村落の年若い青年だった。
彼はいつもお供え物を社に置いてくれるので、いつの間にか話すようになった。青年は温かく純朴な人だった。親にすら見捨てられた禍々しいおれを、唯一怖がらない人だった。
「桂人、大丈夫か」
突然……ドアの向こうで声がしたので驚いた。一瞬、故郷の青年を思い出して、胸が苦しくなってしまった。
「いるのだろう? おい? 開けるぞ」
テツさんは強引な人だ! いつも勝手に部屋に入って来るし、おれを驚かせ、怪我までさせる!
「桂人、お前……泣いていたのか」
そして……故郷の青年と同じ、陽だまりの匂いを纏っている!
あとがき(不要な方はスルー)
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謎が深まっていきますね。
海里先生と柊一の物語は『まるでおとぎ話』 ~long version~
で、甘い関係になるまでじっくり書いています。https://estar.jp/novels/25598236
私の作品の特徴で自作内クロスオーバーが多く、分かりにくい時があるかもしれませんので、都度補足していきます。
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