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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 28
「お兄ちゃん……もう大丈夫だよ。元気出たよ」
「そうか。春子……おれはもうどこにもいかない。ずっとここにいるからな」
「うん! 私の故郷はここだね」
美しく優しい、にーたまの胸の中。
ここが春子のふるさとになる!
****
10月のある日。16歳で見ず知らずの男のお嫁に行くのが嫌過ぎて……鎮守の森を守る木から羽ばたこうとした私を、兄が受けとめてくれた。
10年間行方不明だった兄との感動の再会……そのまま東京の冬郷家にやって来て、もう2ヶ月経ったのね。
気がつくと秋から冬へと季節は巡っていた。
「本当に、ここは温かいのね」
窓の外に粉雪が舞っているのに、部屋の中はとても温かくて不思議だった。
東北の村ではこの時期……外は吹雪、家の中は隙間風だらけで、骨まで凍りそうな日々だったので拍子抜けしてしまうわ。
冬郷家の門の中は、おだやかで、なごやかで、やさしい時間が流れていた。
ここは……まるで透明の傘に覆われているみたいに平和なの。
こんな生活は、安心するけれども……少しだけ慣れない。
あーあ、今日はお仕事もお休みだし、退屈だな。
そうだ雪くんのところに遊びに行こう!
そう思って階段を駆け下りて外に出ると、ひんやりと心地良かった。
懐かしい冷たさだわ!
両手を広げて雪を集めた。
春子は雪が好き――
雪には希望があるでしょう。
やがて春が来るという。
****
東京には珍しく、12月なのに雪がしんしんと降っていた。
僕が生まれた日も雪だったと聞いている。だから雪也と名付けたと、お母様が教えて下さった。
だから僕は雪が好き――
母の面影を探しながら窓辺に立つと、春子ちゃんが勢いよく離れから飛び出してきた。
おっと……あんな薄着で大丈夫なのかな?
二階の窓を開けると冷たい北風が舞い込んで来て、ゾクッと震えてしまった。
「春子ちゃん、風邪を引くよ」
「あっ、雪くん! ちょうどあなたを呼び出そうと思っていたのよ。ねぇ雪くんも外に出てこない?」
「え……僕は」
「いつも温かい場所にばかりいると、寒さに耐えられない身体になってしまうわよ」
「……行く‼ 僕も行ってみたい」
ずっと幼い頃から、激しい運動を禁止されていた。もちろん寒い場所に行くことも。冬場の体育は全部見学だった。
長年の癖でじっと部屋の中から雪を眺めていたが、僕ももう丈夫になったのだ。もっと積極的に外に出てみよう! いつもガラス越しに見ていた雪を,この身体に浴びてみたい。
雪に触れて……本物の冷たさを知ることにより、暖炉の暖かさや、ありがたみを理解出来る。
マフラーを首にかけて外に出た。
「春子ちゃん!」
「雪くん、やっぱり来てくれたのね」
「あぁ……雪って綺麗なんだね」
春子ちゃんと並んで見上げた空からは、無数の白い雪が舞い降りて来ていた。
次第に粉雪は、ふわりとした牡丹雪へとなっていた。
「結晶って、私たちにも見えるのよ。知っていた?」
「え? あの図鑑に載っている結晶が? 顕微鏡もなく?」
「あら? まさか見たことないの?」
「……恥ずかしながら」
「じゃあ私が見せてあげる」
するりと僕の黒いマフラーを春子ちゃんが抜き取り、天にかざした。
「ほら、ここをじっと見て」
「あ……!」
六角形の雪の結晶が、僕の肉眼でも見られた。
「うわ! 本当なんだ。図鑑に載っていたことって」
「そうよ、雪くん。私たちまだこれからよ。いろんなことを、どんどん自分の手を伸ばし、足を動かして、知っていかないとね」
春子ちゃんの言葉って響く――
胸にドンっと来るのだ。
僕の胸の中のモヤモヤを吹き飛ばしてくれる力を持っている。
「春子ちゃん……君は、もしかしたらここでの生活が少し窮屈なのでは?」
「え?」
言い当てられたようなあやふやな顔を……春子ちゃんは浮かべていた。
その時、正門から声がした。兄さまと海里先生が帰宅したようだ。
まずいな。こんな薄着で外に出ていたら、兄さまが心配する!
「春子ちゃん、こっち!」
そう思うと、思わず春子ちゃんの手を引いて茂みに隠れてしまった。昔からの習慣でつい……。
「ふふ、かくれんぼ? 楽しいわね」
「あ……そうだね。そういえば……外ではやったことなかったな」
「雪くんって、病気……大変だったんだね」
「そうだね……今思えば制約が多かったよ」
「でも、もう大丈夫なんでしょう?」
「あぁ」
春子ちゃんが、僕の冷たい手をさすってくれた。
「あのね、雪の結晶って、一つも同じカタチがないんですって」
「そう聞いたよ」
「だから雪くんも、もっと雪くんらしく生きていいと思うわ」
春子ちゃんの言葉って、今度は春風のようだ。
「しーっ、柊一さんたちがこっちに来るわ」
そっと様子を窺っていると、二人も雪見をしに来たらしい。
「柊一、今宵は月は見えないが、牡丹雪が綺麗だな」
「はい……庭が白くなっていきますね。白薔薇が咲くように」
「寒いだろう。ほら、こちらへおいで」
「ありがとうございます。海里さんこそ……」
わわ、まずいな。
兄さまたちが庭には誰もいないと、甘い雰囲気になっていく。
二人は寄り添い……互いを温め合うように抱擁しあった。
「じゃあ、君に温めてもらおうかな」
「あ……はい」
わっわわ……お互い向かいあって見つめ合っている。
「え……?」
春子ちゃんが驚いた声を上げた。
「あーあの、コホン、コホン」
このままだと絶対に接吻コースだから、僕は慌てて咳払いをした。
「ん……そこに誰かいるのか」
「雪也なの?」
まだ早い。
男性同士の恋の在処を……春子ちゃんが知るには、まだ少し早いと思った。
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