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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 29
兄さまが怪訝な顔を浮かべるのと同時に、海里先生が兄さまを庇うように前に立ちはだかった。
「誰かそこにいるのか?」
わぁ……やっぱり海里先生って、兄さまを守る騎士のように素敵ですね!
僕が気まずかったのは、春子ちゃんと一緒だったから。
僕も男だ! 春子ちゃんに嫌な思いはさせたくない。
(春子ちゃんは、ここに隠れていて)
(うん、分かったわ)
春子ちゃんを隠すように、僕も立った。
「なんだ? 雪也くんか」
「やっぱり、雪也なの?」
そのまま海里先生はじっと茂みの向こうを見つめて、目を細めた。
「海里先生、兄さま、お帰りなさい。あ、あのですね、外は寒いのでお部屋に入りましょうか」
「あぁ……そうだな。こんな場所で、その……悪かったよ」
海里先生には伝わったらしいが、それよりも兄さまは、真冬に僕が薄着で外にいるのを心配しているようだ。
「雪也、どうしてそんな格好で? 風邪を引いて、こじらせたら大変だろう!」
兄さまが慌てて自分のマフラーを外して僕の首に巻こうとしたので、急に恥ずかしくなって……容赦なく振り払ってしまった。
「い、いらないって! もう僕は丈夫になったんだ!」
ピシッ――
嫌な音がした。振り払った手が……兄さまの頬を打ってしまったのだ。
「あっ……」
兄さまを打つつもりなんて、微塵もなかった。
なのに偶然とは言えども、自分がしたことにショックで、しかし素直に謝れなくて……僕はその場から卑怯にも逃げ出してしまった。
格好……悪い! こんなの最悪だ。
春子ちゃんの前で、僕が兄さまの頬を平手打ちするなんて、 あり得ない!
もう頭がおかしくなりそうだ。こんなめちゃくちゃな感情を、僕は知らない。僕はずっと白薔薇の咲くおとぎ話の中で暮らしていた。温室の中にいたようなものだ。
恥ずかしさが駆け巡るよ。
部屋に駆け込み、布団を頭まで被って……ズドンと落ち込んだ。
兄さま……兄さま……ごめんなさい。
****
(春子ちゃんは隠れていて)
(う、うん)
どうして隠れないといけないのか分からないけれども、雪くんの言うとおりにしたわ。
その後の成り行きに、びっくりしたわ。
悪気はなかったはずよ。偶然だったのに……雪くんは柊一さんの頬を打ってしまって手を見つめ、わなわなと震えて……走り去ってしまったの。
「あ、あのぉ……」
「あ……春子ちゃんもいたんだね」
「柊一さん、雪也くんと怒らないであげて下さい。私がここに呼んだんです。一緒に雪で遊ぼうって。雪くん、ちゃんとマフラーは巻いて来たのに、私が雪の結晶を見ようって、借りていました」
「そうだったのか……見苦しい所を見せてすまなかったね」
柊一さんは冷静を保っていたけれども、内面は傷ついているようだった。
「もう雪也は小さな子供ではない……それは分かっているのに、僕の対応が悪かったのです」
「そんな……どっちが悪いなんてことないのに」
柊一さんの様子を心配した海里先生が、彼の肩をそっと支えてあげた。
あれ? まただわ。この甘やかな雰囲気は先ほどから何だろう?
「春子ちゃんも柊一も、とにかく部屋に入ろう」
「あ、はい……あの私、雪くんのお部屋に行っても?」
「そうだね。僕が行くよりも……同年代の春子ちゃんに任せた方がいいね」
「そうだな。春子ちゃんに頼もう。さぁこちらだ」
海里先生が部屋まで誘導してくれた。
「ここが雪也くんの部屋だ。気に掛けてくれてありがとうな」
「いえ、私たちお友達ですから」
「友達か……いいね。雪くんにはいなかった存在だ。おっと、そう言えば春子ちゃん……さっき庭先で何か見た?」
先ほど? 海里先生と柊一さんが抱き合っていたような。
「あ……えっと、海里先生と柊一さんって、とても仲良し? なんですね、友達以上?」
仲良しという言葉はしっくり来なかったけれども、それ以上の言葉が上手く見つからなくて困ってしまった。
「仲良しか……正直に話しておくよ。俺はいつまでも黙っていられる性分ではないから。俺は柊一を愛しているんだ」
「あ、愛?」
「これ以上隠しても、またこんなことになってしまいそうだし、ハッキリ俺の口から先に話しておきたい。俺たちは恋人同士だ。男と男だが」
「お……男と男なのに?」
「そうだ。話せば長くなるが……お互いになくてはならない存在だ。性別は同じだが、愛する気持ちは皆同じだ」
海里先生は堂々と言い放った。こちらが圧倒される程の気高さで、何も言い返す言葉がないわ。
そうか……先ほどの抱擁って、恋人同士のものだったのね。ではその先は……
わっわ、なんだか急に照れ臭くなってしまった。さっきのあれって、もしかして接吻するところだったのね!
「あ……あの、あの、あのあの……」
あぁ……支離滅裂。
「驚かせてごめんな。春子ちゃんの気持ちが落ち着くまではそっとしておくよ。聞きたいことがあったら何なりと。ちなみに雪也くんには、俺たちの関係は理解してもらっている」
「そうなんですね……あ……あの、雪くんのところに行ってきます」
いきなりとんでもない秘密を聞いてしまったわ。
でも……嫌ではなかった。あの二人の穏やかな雰囲気はとても好きよ。
それが私の感想だわ。
「雪くん……あの、入ってもいい?」
「は、春子ちゃん? どうして、ここに?」
「雪くんと話したくて、来ちゃった!」
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