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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』35
「桂人、戻って来い!」
テツさん……?
テツさんの張りのある逞しい声が、聞こえた。先ほどから、おれの身体を擦って温めてくれているのはテツさんなのか。
そうだ、今のおれはもう……ひとりではない。
早くテツさんのところに戻らないと。
そう思って必死に重たい瞼を開けようとした時、突然春子の驚愕した顔が現れた。
『そんな……まさか……ふたりは……いやああ! お兄ちゃんの馬鹿、馬鹿!』
『待って、待ってくれ。おれの話をきいてくれ!』
春子を泣かせるつもりはなかった。なのに……結果、どこまでも悲しませてしまった。
こんなにも弱いおれを見せて、すまない。
幻滅してしまったよな。
もうお兄ちゃんと呼んでくれないのか。
笑ってくれないのか。
「桂人……おい? しっかりしろ!」
温まってきた身体が、急にまた冷えてくる。
あぁ……駄目だ。
戻れない、怖い。
ギュッと身体に力を込めて勾玉のように丸まり、心を閉ざそう。
****
なんということだ!
確かに戻ってきたと思った感覚が、突如消えてしまった。
桂人の身体は、先ほどより冷たくなっていた。
「お前はなんて馬鹿なんだ。そんなに簡単に諦めるな。話してみよう。すぐに理解してもらえなくても、時間をかけてみよう。お前の時間は、もう……今日限りじゃない!」
そう叫ぶのに、桂人はいない。
俺の力で呼び戻せない不甲斐なさ、悔しさも相まって……桂人の皮膚に噛み付くように口づけの嵐を巻き起こしてしまった。冷静さを欠いていく。
「う……っ」
痛みから……無意識に苦痛の声をあげる桂人。
意識はなくとも痛みに震えている。
こんなことをして、何になる?
桂人を怖がらせるだけなのは頭で分かっているのに、どんな手段を使ってもいいから、お前を呼び戻したくなって、桂人の足を掲げ……後孔に指を挿入し刺激を与えた。
優しくしてやりたいのに……その気持ちと裏腹なことばかりしてしまう自分が怖くなり、途中でベッドから飛び降りて頭を抱えて項垂れた。
くそっ、俺も桂人も……長い時間生贄として自分の殻に閉じこもりすぎて、解決への術を知らないのだ。
「くっ――、こんなのは……嫌だ」
もう一度、桂人の中に俺自身を挿れて、呼び戻そう。
そう思って、桂人の布団を捲り足を高く掲げたところで、突然火花が散った。
「おい、何をしている? それは逆効果だ!」
声の主は、海里さんだった
頬を叩かれて、 一気に目が覚めた。
「海里さん……俺には分からないんです。こんな時は何が最善なのか、普通の人のように判断できないのです。俺も桂人も……とても弱い、弱すぎます」
「テツ……しっかりしろ。お前も桂人も、あまりにも長い間、限られた世界で生きるしかなかった。全部森宮家によって踏みにじられた……15歳の初々しい少年時代も……夢よ希望に溢れる青年時代も……すまなかった」
「海里さんが謝ることではありません。自分が不甲斐ないだけです。愛する男を呼び戻せないことに腹が立って、桂人の身体にあたるなんて最低でした」
桂人……桂人……。
裸のまま、丸まって眠る桂人を見ていられなくて、布団をかけてやった。
「テツと桂人で解決出来ないのなら、俺たちも全力でサポートする。だから今回は時間をかけよう……なっ」
海里さんが以前と変わらず優しく話し掛けてくれ、肩に手を置いてくれたので安堵した。
「教えて下さい。どうしたらいいのか……何が最善なのか」
「それを今考えているよ。柊一と白江さんで策を巡らせているから……だから今は桂人を眠らせてやれ。テツ、お前もだ」
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