閉ざされた秘密 7

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閉ざされた秘密 7

「泣いてなんかない! お……おれが泣くはず……ない!」  桂人は慌てて目を擦り、そっぽを向いてしまった。  隠しても無駄なのだ。その赤い目元は泣いた証だろう。  確認したい事があって海里さんを見送った後、彼の部屋を訪ねた。 「桂人……お前はもしかして雄一郎さんと知り合いなのか。そもそも何でこの屋敷にやってきた? 偶然じゃないのか、まさか意図的なのか」 「……テツさんには関係ない! もう出て行けよ!」  すごい剣幕で追い出されてしまい、今はこれ以上の無理強いは良くないと判断し、一旦退却することにした。 「分かったよ。もう聞かない。だから今日は部屋で休んでくれ。仕事はしなくていい」 「……そんなわけにはいかない」 「駄目だ。何も言えないのなら、せめて言う事は聞け」 「……」  扉の向こうの桂人の表情は、読めない。  何とも微妙な沈黙だった。  この森宮家には家の広さに反して使用人が極端に少ない。俺は庭師の仕事以外に関心がなかったが、よく考えると、桂人は久しぶりに雇われた使用人だった。  どうも意味深だな。  弟子の話を言い出したのも見つけてきたのも、全部、雄一郎さんだ。  これは何を意味するのか。  俺は正直、未だに彼を信用しきれていない。それはかつて海里さんの弟の瑠衣にした仕打ちを忘れていないからだ。彼の学友がした事とはいえ、雄一郎さんは、そのきっかけを作った張本人だ。  桂人を見ていると、かつての瑠衣を思い出してしまう。  タイプが違えども、この先何か良くない事に巻き込まれるのではと不安が過る。 ****  黙々と庭仕事をしていると視線を感じた。かつての俺の部屋にいる桂人からだった。  どうやら窓の隙間からそっと庭の様子を伺っているようで、彼の黒髪がちらちらと窓の隙間から見える。  気配は消しているが、外への憧れに似た眼差しを感じる。  参ったな……どうしてこんなに気になるのか。  きっとどこか浮世離れし、人間離れした桂人だからだ。     彼が世俗的で浮ついた現代風の若者だったら、きっとここまで気にならなかっただろう。 ****  大騒ぎした手前、気恥ずかしくて……部屋から出るに出られなかった。  おれは長時間、狭い部屋に閉じこもっているのは、苦にならない。  何故なら15歳の時に、おれの命はおれのモノでなくなり、そこから狭い社の中だけが、おれに残された世界となったから。 『えっ……どうして……おれは男です! なのに何故……女子(おなご)の姿をさせられるのですか』 『社に? どうして! どうして……おれなんですか!』  ある夏の日……小さな(ほこら)に、女子の着物を着せられて突然押し込められた。 『すまない……桂人よ。この村では30年に一度、誰かを人身供養せねばならないのだ。それが、古来からの習わしなのだ。ちょうど年頃の女子がいないので、お前に……白羽の矢が立ってしまった』 『そんな! そんな時代錯誤なことを……そんなのおかしい! 時代に逆行している。こんなの……犯罪じゃないか……いやだ、嫌だ! 行きたくない!』  本当は……幼心に知っていた。    ここは東北の小さな小さな集落。  その田んぼの真ん中にこんもりと茂っている鎮守の森に納められた人は、もう二度と戻ってこない。  それが何を意味するのかを……  30年前に父さんの姉さんが、おれと同じ15歳でその役を背負ったというのも、噂話で知っていた。  でもまさか……それが自分に振りかかって来るとは!  無理矢理大人達に押さえつけられて女子の着物を着せられ、紅をさされ、まるで物のように社に奉納されてしまった。  鬼の形相で、おれが逃げられないように足の腱を切ったのは……土地の地主だった。人を人とも思わぬ表情で、アイツはおれを狩ったのだ。  ……もう、やめよう。  これ以上思い出すのは、まだ早い。  まだ時は満ちていない。  不穏な考えを振り払うために瞑想していると、近づく足音があった。 「誰だ?」  目を見開くと、窓越しにテツさんが立っていた。  朝、あの医者が立っていた場所だ。  いつの間に! 「な、なんですか。急に」 「桂人、こっちに来いよ。お前……外に出たいのだろう?」 「え? ちょ……ちょっと!」  窓枠に手をかけ窓辺に立っていたおれを抱き寄せ、あろうことか、そのまま横抱きにしてきた! 「な、なにをする!」  この人は、一体何を考えているのか。  おれを女みたいに横抱きにするなんて! 「はっ、離せよ!」 「足を怪我しているから歩き難いだろう。いいからじっとしていろ」 「お……おいっ」  背の高いテツさんに抱かれると、視界がいつもと違った。  あの青年は……おれをこんな風に外へは連れ出してはくれなかった。なのにどうしてテツさんは、いとも簡単におれを連れ出してくれるのか。 「桂人、君は……」  何かを言いかけたまま……黙ってしまった。  だが、嫌な沈黙ではない。  心が落ち着く静寂がやってきた。  森を通り抜ける風のざわめき。  小鳥の鳴き声。  秋の虫の音……  そしてテツさんの鼓動が間近に聞こえてきた。  トクトクトク……  命が弾む音がした。  あたたかい場所だ。  ここは──  
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