まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』37

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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』37

「君が好きだから!」  突然直球で届いた雪くんからの言葉に、驚いてしまった。 「え……っ」 「驚かせてごめん。でも僕は真剣に春子ちゃんが好きなんだ! 僕の初恋は、君だ」 「好き……、雪くんが私を? は、つこい……?」 「そうだよ」    雪也くんは頬を真っ赤に染めて、コクンと頷いた。  信じられない。雪くんみたいな良家のご子息から、告白されるなんて思ってもみなかった。  でも、お兄ちゃんにはテツさんがいて、柊一さんには海里さんがいる。白江さんにも旦那さまに優しい娘がいて、私だけひとりぼっちだなぁと思っていたので、誰かに必要とされるのは、とても嬉しいことだった。  もしかして……雪くんも同じ気持ちなのかな。 「だから春子ちゃんはひとりじゃない。ずっとここにいて欲しい」 「ありがとう……あの……でも私なんかを好きになったら駄目よ。私は東北から出てきた兄しか身寄りのない、学校にも行っていない貧しい娘よ」  自分で口に出して驚いた。私がここまで自分の境遇を卑下するなんて思ってもみなかった。明るく努めてきたけれども、私にも本当はこんなに寂しい一面があったのね。  人の心は脆いのね。  何故だか雪くんに話せば話すほど、自分に自信がなくなってしまった。  いけないことをしている気持ちになってしまう。 「そんなこと関係ないよ! 僕が好きな気持ちが一番だから」 「……雪くんは世間を知らなすぎるわ」 「そんな……春子ちゃんは僕が嫌い?」 「……ううん、嫌いのはずないわ」 「じゃあ、好き?」  待って待って、その二択しかないの?  なんだか、まだどちらもしっくり来ないわ。  私の心を置いていかないで!   「ごめんね……正直に言うと、まだよく分からないの。私、お兄ちゃんに憧れ過ぎて、雪くんのことも含め周りをちゃんと見ていなかったから」  そこまで言うと、雪也くんはがっかりした表情を浮かべていた。  私とは正反対の人生を歩んで来た人が、私のためにそんな表情を浮かべるなんて。  でも……やっぱり今の私は、雪くんに望まれても応える自信がない。  ここで先ほどの白江さんの言葉が、意味を成していく。 「そうか……私……あのね、今の雪くんの言葉に後押しされたみたい」 「え、じゃあ……僕と……?」 「そうじゃなくて……ごめんなさい。私……この家を出る決心がついたわ」 「え! どういうこと、僕の告白が負担なら取り消すから、行かないで!」  雪くんは今にも泣き出しそうだった。   「違うの! 雪くんの告白……嬉しかったのよ。でも……今の私には重たいかな。私ね白江さんのお知り合いのところで住む込みで働いてみたくなったの。学校にも通わせてもらえるのよ」 「そうなんだ……学校に行けるのは嬉しいことだって、僕もよく分かる……応援しているよ」    明らかに調子の下がっていく雪くんの声に、切ない気持ちになった。  違う、違う。  上手くいえないけれども……ちゃんと伝えたい。 「あのね……ずっと先の話を言うと、私も雪くんのこと好きになってみたいの。でも今の私は何も持っていない宙ぶらりんな状態で……学校も家も全部途中で置いてきちゃったから。だから一度外の世界を見て、自分に自信をつけたいの。お願い、分かって!」 「ごめん、僕の方こそ……」  雪也くんは上の空だった。  今の話、ちゃんと聞いてくれた? ちゃんと伝わったかな。  そのまま気まずく家に戻った。 「私、お兄ちゃんの所に行ってくるね」 「分かった」    **** 「お兄ちゃん……」 「春子ちゃん、戻ってきてくれたのか」  扉をおそるおそる開けると、テツさんが迎えてくれた。 「あ、あの……お兄ちゃんは?」 「……まだ眠ったままだ」 「え……いつから?」  お兄ちゃんは作務衣姿でベッドに丸まって眠っていた。まるで勾玉みたいに身体を折って、苦しそうに眉を寄せていた。 「君が出て行った直後から……少し君と話しても?」 「……はい」 「もっと早くきちんと告げるべきだった。俺と君のお兄さんとは深い仲だ。男女の夫婦のように……分かるよな?」  改めて言われると、さすがにまだ胸の奥がチクリと痛んだ。 「……はい」 「真剣なんだ。俺たち……世間にどう見られようと、お互いになくてはならない存在だ」 「お兄ちゃんをそんなに……じゃあ……テツさんがいるのに、どうして起きないのかしら?」 「防御反応だと海里さんが言っていた。君も知っているだろう? 故郷の冬がどんなに厳しいか。あんな社で粗末な衣類で凍死しなかったのは、こうやって意識を飛ばして冬眠していたからなんだよ。桂人の人生の大半はそんな生活だった」  あの吹雪を想像するだけでも、凍えそうになるのに……あの小さな社に閉じ込められた兄の恐怖、屈辱……悲しみ……気持ちがついていけない程に過酷だったに違いない。 「本当にすまない。どうか頼む、春子ちゃんが桂人を呼んでやってくれ。戻って来いと」 「……!」  テツさんが頭を下げる。  違う、あなたたちは何も悪いことをしていない!  だから謝らないで。 「俺も15歳で家を出され、洗脳されたまま庭師として長い年月を過ごしてしまった。そんな俺たちの悲運の魂が呼び合っている。温めあおう。愛しあおうと……」 「お、お兄ちゃん……起きて。春子よ。戻ってきたよ。お兄ちゃん、大好きだよ。どんなお兄ちゃんでも……好きだよ!」  兄の手をさすりながら、必死に呼びかけた。  冷たい身体……苦しみを抱えた兄の寝顔。  私には以前と変わらぬ逞しい兄の姿を見せようと必死だったのね。 「ごめんなさい! お兄ちゃん」  そして雪くん、ごめんなさい。  私、もっと大人になりたい。  もっと広い世界を見つめて、人を見る目を養い、戻って来たい。  ここに――  ねぇ雪くん、一緒に成長してみない?  そんな心の声が、ぷかりと浮かんだ。  
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