まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』38

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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』38

 僕……春子ちゃんにふられてしまった。  呆然と自室に戻り、膝を抱えてズドンと落ち込んだ。 「あんなこと言うんじゃなかった……」    こんなタイミング、時期尚早だった。でも、どうしても伝えたくて溜らなかった。春子ちゃんはひとりでないと。なのに逆効果だったのか。この家を出て行く決心がついただなんて……酷いよ。  その後、何を話したのかよく覚えていない程、ショックを受けてしまった。  夕食に降りてこない僕を心配し、兄さまが部屋にやってきたが、追い返してしまった。 「雪也、食事の用意が整ったよ。具合でも悪いの? まさか心臓が痛むのか」 「大丈夫だから、放っておいて!」 「でも……心配だよ。海里先生に診てもらおうか」 「いいから、兄さまはあっちに行って」 「あ……うん……お腹が空いたら降りておいで」  ごめんなさい、兄さま。きっと今の僕は、とても醜い顔をしている。  恋なんてしなければよかった……!  シーツを掴んで嗚咽した。  心が泣いている。  恋って甘いだけではないのか。  苦しいよ。  病気の時の胸の痛みとは、別物だ。  切なく、切なく……痛むよ。  **** 「柊一、どうした?」 「海里さん、お帰りなさい。あの……雪也の様子がずっと変なんです。困ったな、どうしよう」  おろおろしていると、海里さんに諭されてしまった。 「柊一、いいかい? 少し落ち着いて……雪也くんももう15歳だ。いろいろ思い煩うこともあるだろう」 「ですが、身体は大丈夫でしょうか」 「君の気持ちも分かるよ。ずっと体調の悪かった雪也くんだから……でももう彼は手術に成功し、健康な身体を手に入れたんだ」 「そうですよね……熱がある感じでもなかったのですが、とにかく何かに酷く落ち込んでいる様子で……ため息ばかりついて」 「ははん……それは恋煩いかもしれないね」 「え!」  そう言われて、それは盲点だった。  そうか、雪也が春子ちゃんに好意を持っているのは知っていたが、まだまだ幼い憧れのようなものだと勝手に決めつけてしまっていたのだ。 「それでは口出し出来ないです」 「春子ちゃんは今は自分のことで精一杯だから……差し詰め告白して、保留にでもなったかな」 「え! 告白?」 「なぁ、今はそっとしておいてやろう」  海里さんに肩を叩かれて、今度は僕がため息をついてしまった。  僕は本当に疎いな。学生時代は跡継ぎとしての教育に付いていくので必死で、一人前に恋も出来なかったので、普通の中高生の青春というものを知らなすぎる。  だが……今はもっと自由な世の中だ。  雪也は様々な経験を積んで、恋も友情も愛も……知って欲しい。 「大人しく様子を見守ります」 「そうだな。それが最善だ。そう言えば、柊一の初恋はいつだ? っと、あぁ……やっぱりいい。知ったら落ち込みそうだ」  海里さんは自分で言い出しておきながら、聞きたくないと顔の前で手を振るジェスチャーした。    「海里さん、僕はあなただけなんです。初恋でした。全部初めてでした……初恋が実って嬉しいです」 「柊一、嬉しいことを」  **** 「お兄ちゃん……お願いよ。起きて……戻って来て!」  暗黒の世界で膝を抱えていると、必死な声が聞こえた。  春子……? 春子がおれを呼んでいるのか。  春子がおれの身体を擦ってくれた。  触れてくれている。  戻っても大丈夫なのか。  テツさん、どこだ? 「桂人! もう大丈夫だ。戻って来い! さぁ!」  力強くグイッと手を引かれ、その拍子にハッと目が覚めた。  目の前には、涙を浮かべた春子の顔。  心配そうにおれを見つめるテツさんと目があった。 「お帰り、桂人」 「お、お兄ちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい」 「……馬鹿、春子が謝るな。悪いのはおれだ」 「テツさんと話したの……ちゃんと聞いたの」 「そうか……ごめんな。お前の理想の兄じゃなくて……おれはとても弱くなった」  時計の針を見つめ、あれから丸1日眠っていたのに気付いた。  ふっ、全く情けない。怖くなって閉じこもってしまうなんて、社にいた頃から何も成長していない。  あそこでは、冬が来たら動物のように丸まって冬眠したのさ。  藁の中に潜り込んで、生きながらえた。  それは……全部、曼珠沙華の女性が教えてくれた術だった。 『死んでは駄目よ。あなたにはやることがあるでしょう』  春が来て暖かくなると、自然に目覚めた。  毎年毎年……その繰り返しだった。  まだ、今もそうなのか。 「春子……許してくれ」 「馬鹿! お兄ちゃんの馬鹿、馬鹿! なして……なして謝るの? お兄ちゃんは悪くない! テツさんと愛し合っているのも、嫌っていうほど分かったからぁ‼」  春子が昂ぶる感情に任せて、ドンドンとおれの胸を叩く。  身体に響く、命の音が。 「もっと、ちゃんと生きて! しっかり生きてよ!」 「春子……お、落ち着け」 「お兄ちゃんこそ……落ち着いて聞いて……私もいきたい」 「あぁ……お前は自由になった。どんなことでも出来る、してやりたい」 「ううん、私、自分の力で歩んでみたいの。だからここから出ていってもいい?」 「え?」    何の話だ……寝耳に水だ。 「よく聞いて、私の思いを!」
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