まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』39

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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』39

あの日から1週間。  春子が白江さんの知り合いの家に住み込みで働く話はトントン拍子に進み、冬郷家を出て行く日が、とうとう明日に迫っていた。  おれも兄として老婦人と面会した。  ここから1時間ほど離れた場所だが、優雅に暮らしており、教養もあり、人柄も良い、信頼できる申し分のない人だった。しかも春子を高校にも通わせてくれるという願ってもいない話だった。  この人なら孫のように春子を可愛がってくれると納得したはずなのに。 「寂しいな……いざとなると」  おれは夕方から暗い納戸に、ずっと蹲っていた。  こんな時は暗くて狭い場所が落ち着くな。  するとテツさんがやってきて、溜め息を漏らした。  「桂人、やはり、ここに居たのか。春子ちゃんがずっと探していたぞ。お前、まだ納得がいかないのか。さぁいつまでも不貞腐れていないで、今日が一緒に過ごせる最後の夜だ。行ってこい」 「……そうだな」    ……  あの日、テツさんと口づけしている所を春子に見られ拒絶された衝撃で、社にいた頃のように、おれは冬眠してしまった。  無事に目覚められたのは、春子とテツさんが呼び戻してくれたお陰だ。  だが春子から告げられたのは『別れ』だった。そのことがすぐに受け入れられなかった。  ようやく取り戻した妹との時間があっけなく終わってしまったことへのショック。おれでは春子を幸せにしてやれないのかという不甲斐なさ。  様々なことが重なって、かなり落ち込んだ。  そんな時この冬郷家の人たちが、おれを優しく諭してくれた。   「桂人、春子ちゃんはもう5歳の幼子じゃない。もう16歳で未来を自分の手で切り開いて行く年頃だ。俺もお前も出来なかったことが春子ちゃんには出来るんだ。応援してやろうじゃないか」 「テツさん……そうだな。確かにその通りだ。俺が奪われた青春を春子には味わって欲しいよ」  柊一さんも同感だった。 「春子ちゃんの決断は素敵です。流石桂人さんの妹さんですね。凜々しいです。僕は全面的に応援しています」  海里さんは『桂人という人間を作り直す時期だと思え』と、力強く励ましてくれた。 「桂人はまだ体調も精神も不安定だ。まずは自分自身を立て直せ。それに励め。春子ちゃんがまた戻ってきた時に、逞しい兄だと思ってもらえるように」  しかし、雪也くんだけは違った。  彼の寂しげな瞳は、おれの寂しい心と重なった。 「桂人さん、実は僕は皆と違って寂しいんです。こんなの駄目だ……男なのに情けないって思うのですが」 「雪也くん……分かるよ。君の気持ち……おれにも分かる」  見送る方は、残される方は……寂しいものさ。 「あの……僕……春子ちゃんが好きなんです」 「……好き? それは初恋か」 「あ……はい」  雪也くんは頬を染めて頷いた。  おれの初恋は、いつだったのか。  あの社に物資を届けに来てくれた青年を慕っていた。だが、あれは恋だったのか……今となってはもう分からない。初恋の行方は分からないが、おれは愛を知った。  求め求められる愛を、テツさんから得た。 「初恋は実らないといいますよね」 「それはその人次第だ。そもそも何も始まっていないのだろう? 雪也くんもおれもまだまだ未熟だ。今は自分を磨く時期なのかもな」  そうか……君はおれの大切な妹を、そんな風に慕ってくれるのか。  他の男だったら不信感で一杯だったかもしれないが、雪也くんは別だ。  だから応援してやりたくなった。 「まだその時期じゃないのかもな。お互いに……。おれも妹を養うには……金銭面でも精神面でも不足しているのさ」 「桂人さん、僕……もっと僕自身を磨いて来ます。次に春子ちゃんと会った時に、振り向いてもらえるように」 「そうか……お互いがんばろう」  …… 「お、お兄ちゃん!」  突然背後から抱きつかれた。 「春子!」 「もう……お兄ちゃんの馬鹿、馬鹿! ずっと探していたのよ。どこへ行っていたの?」 「……ごめんな」 「こっちに来てよ」  春子に手を引かれて連れて行かれたのは、春子が使っていた部屋だった。もう旅立ちの用意が終わり、荷物はすべてトランクにまとめられていた。 「お兄ちゃん、これが今生の別れじゃないわ。春子ね、またお兄ちゃんとも暮らしたいの。だから待っていてね」 「え……そうなのか」 「うん……私は世間を知らなすぎるから、もっと広い世界を見て、広い心を養って……お兄ちゃん達のことを心から応援したいの。あと雪くんにも、また会いたいなって」 「ん?」  春子は少女らしく、頬を染めて可愛く笑った。    春子はこんなにも真っ直ぐ未来を見つめている。  おれも負けていられないな。 「なんでもない! あのね……お兄ちゃんにお願いがあるの」 「なんだ?」 「今日はこの部屋にいて、昔みたいに一緒に寝て……そして朝、私を起こしてね。どこにも行かないで」   
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