まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』40

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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』40

「にーたん、にーたま」 「なんだ? 春子」 「久しぶりにふたりきりだね」 「そうだな」  春子が嬉しそうに、おれの膝に頭をのせてきた。昔、こうやって膝枕をして寝かしつけていたのを思いだした。おれがばあばにしてもらったのと同じ事を、春子にしてやったのだ。 「お、おい? お前はもういい年頃の女の子だ、よせ」 「ううん……今日だけは5歳の春子になりたい。春子じゃない名前だった頃の私に……」 「春子……?」 「思い出せないね、もう」 「そうだな。ごめんな……お前の名前を失うことになって」 「ううん、お兄ちゃんを救えたもん。そっちの方が大事だよ」  春子は、小さい頃から利発で明るくて食いしん坊だったな。 「あ、にーたま、今私の顔見て笑った?」 「笑っていないよ」 「どうせまた食いしん坊だって思ったんでしょー」 「ははっ、お前はよく腹を減らして大変だったな」 「ごめんね、にーたまの分も食べちゃって」 「可愛かった。今も可愛いおれの妹だ」  せっかく10年ぶりに一緒に暮らせるようになったのに、また明日から離れ離れなのは寂しいんだ。春子自身が決めたことで、春子にとっても良いことなのにな。 「にーたまが寂しがってくれてるの分かるよ。うれしいもん」 「いつ帰ってくる?」 「うーん、二十歳になったらかな」 「そんなに長く?」 「私ね、この東京で頑張ってみたいんだ。だから……生きていく力をつけるよ」  春子は欠伸をしながら、そんなことを言う。 「おれはここで応援するしかないんだな」 「また会えるよ。にーたま……も……眠い」 「あぁ眠れ。明日はおれが起こしてやるから」 「絶対よ。あの日のように消えたら嫌……」 「もう消えない」  あの日、男なのに花嫁衣装を着せられて社に奉納されたおれは、もう過去だ。  幼い春子にとっても、突然の別れは相当寂しいものだったのだろう。 「おやすみ、春子」  ****  ここに来て、いろいろなのことがあったわ。  でも……やっぱり来て良かった。  私には未来が生まれた。  だからね……未来に夢をみたくなったの。  欲張りかな?  通えなかった学校にも通えるし、働きにいくお家では、何のマナーも知らない私に一般常識や教養を、手取足取り教えてくださるそうよ。  私ね……次に戻ってくる時は、寛大な心と知性を身につけた女性になりたいの。  お兄ちゃんとテツさんのことも、もっと前向きに捉えてあげたいし、雪也くんとも向き合いたいな。  雪くんの好意に応えるには、今の春子では無理なんだ。  でも未来の春子なら違うかも。  先のことは分からないけれども……ちゃんと伝えなくちゃ。  お兄ちゃん、雪くん……私、がんばってくるわ!  ****  隙間だらけの家、湿った畳の匂いがする。  ここは秋田の生まれ育った家だわ。    にーたまはどこ?  どこにいってしまったの?  不安になって手を伸ばして、にーたまの温もりを探した。  すると、手を握り返してくれる人がいた。   「か…え……で、おはよう!」  え? 「今なんて言ったの?」  ガバッと飛び起きると、朝日が眩しかった。 「春子、おはよう。もう朝だぞ」  窓辺にお兄ちゃんが立って、カーテンを開けていた。お兄ちゃんは昨日の服のままだった。そうか私が引き止めてしまったのね。  本当に夜中の間中、ずっと傍にいてくれて、あの時みたいに途中で消えなかった。うれしい……ありがとう。 「今、あの時渡した名前で呼ばれた気がしたわ」 「え! 何だった?」 「ううん……もう覚えていない。でも……もういいの。夢の中で私は5歳の娘で、お兄ちゃんが……ちゃんと帰ってきてくれたからスッキリしたわ」 「そうか」  もう前を見て、今を受け入れていこう。 「もう今日なんだね」 「寂しくなるよ、おれ……」    もうお兄ちゃんってば、春子を泣かすつもりね。  あぁ涙が溢れてきてしまった。 「う……っ、ぐすっ……おにいちゃん……にーたま。にーたん」 「春子……泣くな」 「にーたまだって、泣いてる」 「お、おれは泣いてなんかない」  ふたりで泣いた……少しの間。  涙って不思議ね。  悲しい気持ちを押し流してくれるのね。 「行って来い。頑張って来い。成人した春子に会えるの、ここから応援している」 「お兄ちゃん、ありがとう」  最後は兄の方から泣き止み、私の涙を拭いてくれた。  兄にはゆとりが生まれていた。  格好良くて綺麗で自慢の兄は……いつだって先頭を切って頑張っていた。  そんな兄が休める場所が出来たのね。  テツさんという大きな止まり木。  テツさんになら……その細くて薄い背中を預けられるのね。  ……良かった。  そんな風にようやく捉えることが出来た、出立の朝だった。  春なのに、まるで故郷の春のように寒い朝だっ あとがき(不要な方はスルーで) ****  いつも『鎮守の森』をスターやペコメ、スタンプで応援して下さってありがとうございます。今日で『春の雪』も40話になりました。  BLジャンルなのに……女の子が主人公の話でどうかな? と思いましたが、皆さんが応援して下さり、私も楽しく妄想して書き続けられました。  お兄ちゃんという存在が好きなので、桂人の兄らしい面にも萌えておりました。  物語は順調に進み、もうすぐ最終話を迎えます。  春子の明るい出発を見守って下さいね♡
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