まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』41

1/1
前へ
/151ページ
次へ

まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』41

 もう4月……春なのに……とても寒い朝だった。 「ふぅ、とうとう今日なのか……ケホっ……」  喉が少し痛い……もしかして風邪を引いてしまったのかな。     最近の気持ちの落ち込みと一緒だ。  あぁ、ついに春子ちゃんとの別れの朝がやってきてしまった。  この半年間、冬郷家に新しい風が吹き抜けて毎日楽しかったな。  春子ちゃんという名前の通り、明るくて前向きで可愛らしい彼女に、僕は恋をした。  初恋だった。  一大決心で告白したものの……見事玉砕。  もっと広い世界に飛び立つ君を、呼び止める資格すらない。  でも……いつまでもふてくされているわけにはいかない。  僕はパジャマから制服に着替えた。すると姿見に映る自分に、違和感を持った。 「制服、こんなに窮屈だったかな?」  シャツの袖もズボンの丈もまた短くなっている。身長がまた伸びたようだ。  ずっと止まっていた身体の成長が、手術の成功を機にぐんぐんと動き出した。折れそうに細かった身体の骨格もしっかりして、背もどんどん伸びてきている。  春子ちゃんと出逢った半年前は彼女と変わらない背丈だったが、この半年で7-8cmは伸びたかも。次に会う時は遥かに超えている予感がする。  次って、いつだろう。  次って、あるのかな。  少しだけ寂しい気持ちになる。   「雪也、起きている?」 「兄さま、お……はようござい……ます」  喉が擦れて、変な声になってしまった。   「え?」  兄さまは僕の声に反応して、目を見開いていた。 「雪也、その声、どうしたの?」 「急に冷え込んだせいか、朝から痰が絡んで少し咳が出ます」 「え? 喉の痛みは?」 「少し痛いです」 「風邪かもしれないよ。海里先生に診て頂かないと」 「そうします」 兄さまの助言に素直に従った。心配かけたくないから。並んで廊下を歩いていると、いつの間に僕の方が背丈が高くなっていることに気がついた。変な感じだな、この勢いだと間もなく兄さまの背丈を超してしまうだろう。  海里先生に医務室で診て頂くと、ニヤッと笑われた。 「熱はないな。鼻水も出ていない。なるほど……そうか……雪也くん、おめでとう!」 「おめでとう?」 「これは病気ではないよ。つまり声変わりの兆候だ。風邪症状と似ているので間違えるケースがあるが、発熱や鼻詰まりなどがないし、君の最近の成長からもおそらくな」 「声変わり!」  知ってはいたが兄さまの声は大して低くならなかったので、記憶に薄い。 「声変わりは成長期が終わって思春期が始まるサインで、急激に身長が伸びた後が声変わりの前兆と言われているよ。まぁ雪也くんの場合、止まっていた成長が一気に押し寄せているようだからイレギュラーで背もまだまだ伸びそうだな」 「そうだったのですね。それを聞いてホッとしました」  海里先生が、僕の身体を隈なく確認した。   「ふぅん、やっぱり君は柊一と骨格が違うんだね。父親の遺伝子が濃いのかな。顔立ちは似ているが、君の方が逞しくなるだろうね」 「本当ですか」 「あぁ、きっと逞しさと知性を兼ね備えた青年になるぞ。いずれはロマンスグレーの紳士にもな」    海里先生の言葉に励まされた。  あとは中身だ、いつまでも兄さまに甘えていては駄目だ。  もっと自立しないと。 「海里先生に頼みがあるのです……」 「実は……」  ****  皆で、冬郷家を出て行く春子ちゃんを見送った。 「柊一さん、海里先生……半年間という短い間でしたが、お世話になりました」 「寂しくなるよ。春子ちゃんの戻ってくる家はここだよ。ここを実家だと思って、頑張っておいで」  兄さまがとても良いことを言ってくれた。  あぁやっぱり僕は……お優しくて慈悲深い兄さまが大好きだ。   「春子ちゃん、また会おう!」 「はい。海里先生と柊一さんは仲良く暮らしていて下さいね」  続いてテツさんの前に、春子ちゃんが立った。  さっきから……桂人さんの姿が見当たらない。 「テツさん……あの……今はまだ複雑なんです。柊一さんたちと同じ言葉を言えなくてごめんなさい。でも拒絶しているわけではないのです。どうか兄のことよろしくお願いします」 「その言葉で今は十分だ。俺と桂人もまだまだこれからだ。それにしても桂人はどこだ?」 「いいんです。居場所は分かっています」  春子ちゃんが木の上を指さした。 「お兄ちゃんはあそこです。あそこなら最後まで私のことを見送れるから」 「なる程……桂人はまだ幼い……許してやってくれ」 「私、お兄ちゃんにいろんなこと押しつけて勝手に印象を膨らませて、本当のお兄ちゃんを苦しめていました。本当のお兄ちゃんを取り戻して欲しいです」 「あぁ、君の家はここだ。また会おう」  春子ちゃんは最後に僕の前に歩み寄ってくれた。  その時、はらり……ひらりと天から雪が舞ってきた。  春なのに……桜の花が咲いているのに? 「素敵……! 雪くんの雪が降ってきたね。雪くんと春子が繋がっているみたいね」 「え……どういう意味?」      
/151ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1552人が本棚に入れています
本棚に追加