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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』42
春子ちゃんが、僕をまっすぐに見つめてきた。
僕たちの間には、天からひらひらと雪が舞い降りて来た。
髪や頬に触れると、雪はスッと溶けてしまう。
「雪くん、聞いて」
あぁ、春子ちゃんの意志のある力強い瞳が好きだ。
僕はこの瞳に射貫かれた。
そう実感した。
「もう春なのに、別れ際に雪が降ってくるなんて不思議ね。まるで雪くんと私が繋がっているみたいに感じない? そうだ、雪くんは『春雪』という言葉を知っている?」
「いや……」
「私のばばちゃから教えてもらったお気に入りの言葉なの。『春の雪』の別の言い方なのよ。文字通り春になって降る雪のことよ、今日みたいにね。雪片が大きくて積もらなくて消えやすい。つまり溶けやすいの」
一体何を? それは、どういう意味だろう?
消えやすいし溶けやすいって、初恋が実らないと暗に示しているのかな。
「……そう」
そう思うと、どうしても声のトーンが下がってしまう。
「雪くん、あのね……私、二十歳になったら、またここに戻って来てもいい?」
「え?」
「広い世界を見て、知識や教養をしっかり身につけて、素敵な女性になりたいの」
「え……またここに……戻って来てくれるの」
「そのつもりよ。やっぱり……この前話したのに、聞いていなかったのね」
あの時はふられたと思って、ショックで何も聞こえなくなっていた。
「だから会えない時間が長くてもこの『春雪』が、会えなかった時間や心の距離を一瞬で溶かしてくれるはずよ。この雪はきっと、その前触れよ」
「そうか……僕……この雪を絶対に忘れないよ」
「うん、待っていて。次に会う時は雪くん、もっとカッコよくなっているだろうな。楽しみにしているね」
え? えっと、これって……少しは希望を持っていいのかな?
兄さまと海里先生が、ニコニコと微笑みながら僕たちの会話を聞いていた。
「春子ちゃん、行っておいで。そしてまた帰っておいで。君の部屋はそのままにしておくよ」
「柊一さん、ありがとうございます。私に帰ってくる家を与えて下さって……私、戻れる場所があるから行けるのです。とても恵まれていると思っています」
「春子ちゃんは頼もしいな。そうか、二十歳になったらなんだね。皆、君を待っているよ」
「海里さんもいつもありがとうございます。はい、白江さんたちとは、そういうお約束にしました」
すごい! 春子ちゃんはちゃんと目標を持って生きている。僕も負けていられないな。
「春子ちゃん……聞いて! 僕ももっと広い世界を見て、教養も知識も身につけ、カッコイイ男性になる! だから二十歳になったら戻って来て欲しい。その時もう一度僕を見て欲しい」
「うん! 雪くん元気でね」
春子ちゃんが手を握ってくれた。
15歳と16歳のまだ少年と少女。
手と手が触れ合うのが、精一杯だった。
しかし未来に明るい約束を交わした。
「海里先生、柊一さん、またお世話になります。その時までお元気で!」
「待っているよ。冬郷家は何も変わらず、君を待っているよ」
「テツさん……天邪鬼なお兄ちゃんのことを……どうかよろしくお願いします」
春子ちゃんが最後は空を見上げ、大きな樹に向かって叫んだ。
「お兄ちゃん―‼ 春子……もう行くわ。見えなくなるまで、そこでちゃんと見守っていてね。大丈夫だから……どうか心配しないで。二十歳になったら戻って来るから」
春子ちゃんは泣きそうだったが、ぐっと涙を堪えていた。
****
春子……
本当に行ってしまうのだな。
弱い兄で、すまない。
お前が二十歳になるまでの4年間……おれも頑張るから許してくれ。
次に会う時は、こんな不安定な姿でなく、しっかりとした大人の男になっているから。
だから、今は樹の上からしか見送れない兄を許して欲しい。
『旅立ちの 背中を押は 春の雪』
「くっ……」
今はやっぱり……寂しい、寂しい、寂しい!
おれのこの気持ちも包んで隠してくれよ。
いや……溶かしてくれよ……春の雪!
妹の背中を押してやってくれ!
涙を拭いて、春子の背中をいつまでもいつまでも見送った。
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