1552人が本棚に入れています
本棚に追加
まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』43
気が付くと、夕日が傾くまで樹の上にいた。
春子は白江さんに連れられて、真っ直ぐスタスタと歩いて行ってしまった。
しかし角を曲がる時に一度振り返り、俺のいる樹に向かって大きく手を振ってくれた。
「お兄ちゃん~行ってきます!」
今度は5歳のお前を置き去りにした時のような……惨い別れではない。
お互い納得の上、お互いの成長のために別れるのだ。
地方に行くのではなく東京の端っこに行くだけだ。会おうと思えばいつでも会える距離なのに、何故こんなにも……胸が掻きむしられる程、寂しいのか。
春子は二十歳になるまでは仕事と勉強に専念する。だからここには戻って来ないと宣言していた。
中途半端な成長ではなく、しっかり成長した姿を見て欲しいと願ってのことだ。
それが頼もしいのに、寂しくて……
おれも三十歳になるまでに、己を立て直さないと。奪われた十年は取り戻せないが、これからの未来は、おれの手で作っていけるのだから。だが……
「おーい、桂人、降りてこい! いつまでそこにいるんだ?」
「あっ、テツさん」
また……くよくよと泣いていたのを悟られたくなくて、手の甲で涙をゴシゴシと拭いてから、樹の幹を滑り降りた。
「やっと戻って来たな」
「テツさん」
テツさんの顔を見ると、一気に脱力した。
「桂人……お前……泣いたな」
「泣いてなんかない!」
「ほら来い。そのままにしていたら肌が荒れるぞ」
「なぁ……テツさん……テツさんは、どこにも行かないよな?」
「当たり前、ずっと桂人の傍にいる」
「よかった」
蒸しタオルで頬を拭ってもらい、保湿のクリームまで塗ってもらった。
「よし、これでいい。さぁ、あとは何をして欲しい」
「……」
「ん? 聞こえないぞ」
「……だから……あ……たためてくれと言った!」
呆れられるかと思ったが……テツさんは破顔した。
「ふっ、それでこそ桂人だ。平常に戻ったな。それでいい、お前はそれでいい……頑張りすぎるな。俺がいるのだから」
「テツさん、テツさんっ――」
テツさんが指が俺の作務衣に伸びてきた。
だから、自分からも脱ぐのを手伝った。
テツさんの言葉を待っていた。
おれは春子のように前へ前へと積極的には進めない。雪也くんのように高らかな宣言も出来ない。
情けない奴なのに……テツさんは変わらず愛してくれる。抱いてくれる。
「テツさん……おれは自分を立て直したいが、テツさんがいないと駄目なんだ。あなたがいてすべてが始まる。あなたの中に、ずっといたいんだ。こんなの変か」
「いや……桂人はそれでいい。桂人はもう充分頑張った。前へ進むことだけが最善ではない。お前に必要なのが止まり木ならば、俺が喜んでなる。いつもいつだって巣の雛のように暖めてやる! だから……春子ちゃんがいなくて寂しい気持ちは、全部俺にぶつけろ!」
あぁ……テツさんはすべてを受け入れてくれる。
俺は鎮守の森の大木にしがみつくように、テツさんの強靱な身体に両腕をまわした。
「ありがとう……テツさんと出逢えて良かった。テツさんがいなかったら耐えられない」
「桂人は可愛いヤツだな」
ふたりは今宵も抱き合う。
汗も分かち合う程に、深く強く抱かれ合う。
そうやって過ごしていく。
この先も……ずっとずっと、これが生贄だったおれたち流の愛し、愛され方だ。
あとがき(不要な方はスルーです)
****
明日……番外編のエピローグです。
最初のコメントを投稿しよう!