まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』43

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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』43

   気が付くと、夕日が傾くまで樹の上にいた。 春子は白江さんに連れられて、真っ直ぐスタスタと歩いて行ってしまった。  しかし角を曲がる時に一度振り返り、俺のいる樹に向かって大きく手を振ってくれた。 「お兄ちゃん~行ってきます!」  今度は5歳のお前を置き去りにした時のような……惨い別れではない。  お互い納得の上、お互いの成長のために別れるのだ。  地方に行くのではなく東京の端っこに行くだけだ。会おうと思えばいつでも会える距離なのに、何故こんなにも……胸が掻きむしられる程、寂しいのか。  春子は二十歳になるまでは仕事と勉強に専念する。だからここには戻って来ないと宣言していた。  中途半端な成長ではなく、しっかり成長した姿を見て欲しいと願ってのことだ。  それが頼もしいのに、寂しくて……  おれも三十歳になるまでに、己を立て直さないと。奪われた十年は取り戻せないが、これからの未来は、おれの手で作っていけるのだから。だが…… 「おーい、桂人、降りてこい! いつまでそこにいるんだ?」 「あっ、テツさん」 また……くよくよと泣いていたのを悟られたくなくて、手の甲で涙をゴシゴシと拭いてから、樹の幹を滑り降りた。 「やっと戻って来たな」 「テツさん」  テツさんの顔を見ると、一気に脱力した。 「桂人……お前……泣いたな」 「泣いてなんかない!」 「ほら来い。そのままにしていたら肌が荒れるぞ」 「なぁ……テツさん……テツさんは、どこにも行かないよな?」 「当たり前、ずっと桂人の傍にいる」 「よかった」  蒸しタオルで頬を拭ってもらい、保湿のクリームまで塗ってもらった。   「よし、これでいい。さぁ、あとは何をして欲しい」 「……」 「ん? 聞こえないぞ」 「……だから……あ……たためてくれと言った!」  呆れられるかと思ったが……テツさんは破顔した。 「ふっ、それでこそ桂人だ。平常に戻ったな。それでいい、お前はそれでいい……頑張りすぎるな。俺がいるのだから」 「テツさん、テツさんっ――」  テツさんが指が俺の作務衣に伸びてきた。  だから、自分からも脱ぐのを手伝った。  テツさんの言葉を待っていた。  おれは春子のように前へ前へと積極的には進めない。雪也くんのように高らかな宣言も出来ない。  情けない奴なのに……テツさんは変わらず愛してくれる。抱いてくれる。 「テツさん……おれは自分を立て直したいが、テツさんがいないと駄目なんだ。あなたがいてすべてが始まる。あなたの中に、ずっといたいんだ。こんなの変か」 「いや……桂人はそれでいい。桂人はもう充分頑張った。前へ進むことだけが最善ではない。お前に必要なのが止まり木ならば、俺が喜んでなる。いつもいつだって巣の雛のように暖めてやる! だから……春子ちゃんがいなくて寂しい気持ちは、全部俺にぶつけろ!」  あぁ……テツさんはすべてを受け入れてくれる。  俺は鎮守の森の大木にしがみつくように、テツさんの強靱な身体に両腕をまわした。 「ありがとう……テツさんと出逢えて良かった。テツさんがいなかったら耐えられない」 「桂人は可愛いヤツだな」  ふたりは今宵も抱き合う。  汗も分かち合う程に、深く強く抱かれ合う。  そうやって過ごしていく。  この先も……ずっとずっと、これが生贄だったおれたち流の愛し、愛され方だ。     あとがき(不要な方はスルーです) **** 明日……番外編のエピローグです。
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