番外編『春の雪』エピローグ

1/1
前へ
/151ページ
次へ

番外編『春の雪』エピローグ

 春子ちゃんが冬郷家を去ってから、あっという間に3ヶ月が過ぎた。  さぁ、今度は僕が旅立つ番だ!  大きなスーツケースに荷物を詰めて廊下に出ると……  そこには紺色のスーツ姿の瑠衣が立っていた。 「瑠衣!」 「雪也さま、お支度は出来ましたか」 「本当に……わざわざ迎えに来てくれてありがとう」  一段と麗しくなった瑠衣が、優美に微笑んでくれる。  瑠衣は英国留学に行く僕のために、1週間前に遙々英国から単身で迎えに来てくれていた。   「桂人の執事の仕事ぶりをそろそろ確認したかったので、ちょうど良かったのですよ。さぁ、お荷物をお持ちします」 「あ……大丈夫だよ。僕ね、これからはなるべく率先して自分のことは自分でやってみるよ」 「はい、分かりました」 「英国では寮生活だから、今から少しずつ慣れていかないと」 「そうですね。応援しています」  春子ちゃんとの別れの朝、海里先生に『英国留学したい』と申し出たんだ。  瑠衣がいる英国を希望したのは、兄さまの心配を軽減したかったから。英国には瑠衣がいるし、海里先生の従兄弟のユーリさんもいるから。  英国滞在中の家に、アーサーさんのご実家を勧められたが、自ら学校の寮生活を希望した。  何もかも一から一人でやってみたい。幼い頃から両親と兄さまに守られて生きてきた僕だけれども……長年の病気を克服した今こそ、再スタートの時だ。  兄さまも海里先生も……僕の決心を伝えると、静かに受け入れて後押しして下さった。 「瑠衣の用事は、もう済んだの?」 「はい、この一週間で母のお墓参りや桂人に新しい仕事も教えられました。とても有意義でしたよ」 「ごめんなさい。わざわざ……」 「とんでもない。お役に立てて嬉しいのですよ。日本に帰ってくる口実も出来ましたし」 「アーサーさんは?」 「生憎……今回は仕事が忙しく」 「これからは英国で会えるね」 「はい、英国の空港まで迎えに来てくれますよ」  瑠衣が嬉しそうに微笑む。きっとそろそろアーサーさんに会いたいのだろうな。 「雪也さまには……いつか遊びにいらして欲しいと思っていたので、夢が叶いました。嬉しいです」 「僕もずっと夢見ていたよ、初めての外国なんだ……楽しみだよ」  重たいスーツケースをなんとか一人で階段下まで下ろすと、兄さまと海里先生が心配そうな顔で並んで立っていた。 「雪也、もう行くんだね」 「うん……兄さま、海里先生、行ってきます!」 「雪……ゆき……っ」  兄さまは涙ぐんでいた。生まれてから……片時も離れたことのない兄弟だったから無理もない。  僕もいざとなると……少し寂しい。 「兄さま、少しの間です。僕も春子ちゃんのように、二十歳になったらここに戻ってきます。それまで……どうかお元気で」 「ゆき……身体にだけは気をつけて。無理をしたら駄目だよ」 「はい」 「雪也くん、俺も高校から大学の途中まで英国で過ごしたんだ。いい国だよ、君も青春を謳歌しておいで。そして逞しくなって戻っておいで」 「はい!」  二人があの日のように……光の輪の中に誘ってくれる。  だから僕は……最後に一度だけ、輪の中に飛び込んだ。  そして……そこから自分の足で飛び出した。 6543df28-1a31-4ff5-83e3-7f9ae0763211           ※まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』了※ あとがき **** 番外編を最後まで読んでくださり、ありがとうございます。 いつもスターやスタンプ・ペコメに励まされていました。 『鎮守の森』は、少しお休みに入ります。 二十歳になった雪也と春子の話も……需要あればまた書いてみたいです。まだまだ不安定な桂人のことも……。
/151ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1552人が本棚に入れています
本棚に追加