『春の雪』後日談 ~テツと桂人の場合~②

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『春の雪』後日談 ~テツと桂人の場合~②

『ん……あっ、あっ……』  冬郷家の主寝室から漏れる切羽詰まった声は、柊一さんのものだ。  おれたちだって散々抱き合っているくせに、いつも顔を合わせている慎ましい雰囲気の柊一さんが、艶めき乱れる声には煽られるな。  テツさんも、顔を赤らめていた。 (桂人、行くぞ!) (あ、あぁ……)  ところが焦って階段を踏み外し、ガタッと音を立ててしまった。 「……誰か……そこにいるのか」  海里さんの鋭い声がする。  ま、まずい!   (桂人、こっちに来い!)  テツさんに引っ張られて、近くの部屋に隠れた。  テツさんはそれから廊下に向かって……『ニャ……ニャア……』と無理のある声で鳴いたので、ぷっと笑ってしまった。  そのまま部屋に押し込まれる。 「お、おい……笑うなよ! 桂人のせいだぞ。お前が変な音を立てるからだ」 「ははっ、すまない。だが……ずいぶん不貞不貞(ふてぶて)しい猫だなと。くくっ……そもそもテツさんが、最初に猫だって言うから……分かっていたら遠慮したのに」  いつになく楽しい気分になり、笑ってしまった。  すると、テツさんに口を塞がれた。  どうやら……おれのおしゃべりを封じたいらしい。  テツさんと接吻するの好きだ。とてもあたたかいから。 「ん……っ」 「こら、桂人、もう静かにしろ。さぁ戻るぞ」 「あ、そうだ、ここは書庫じゃないか。英語の辞書があるから、辞書を引くのはどうだ?」 「なるほど、それなら俺でもなんとかなる。さぁ、あとは別館でしよう」 「あぁ、お邪魔だしな」  その後、テツさんが辞書を片手になんとか訳してくれた。 「まぁ要するにだな、春子ちゃんは『夏休みを楽しんで下さい』と言っているようだ」 「夏休み? あぁ……懐かしいな。故郷の夏は短かったが……確かにあったな」    中学校には、おれだって……ちゃんと通えたのだ。家の手伝いがあったが、夏祭りに行った。妹の手を引いて、同級生と一緒に、山の上に上がる大きな大きな花火を見た。  だが……社からは見えなかった。  祭りの日は、村人が社にお参りに来るので、人目につくことを禁じられたのだ。俺は柱に縛られ一晩過ごした。白い手拭いで猿轡(さるぐつわ)をされ、声を立てることも許されずに。  花火の音が腹に響く度に、双眸から涙が溢れた。 「桂人、どうした? 嫌な事を思い出しちまったのか」 「おれだって……花火……見たかったんだ。本当は……」 「……そうか花火か、俺も見て見たいな。海里さんに聞いてやろう」 「ありがとう。テツさんといると、出来なかったことが出来る気がするよ」  テツさんの首元に手をまわして……抱きついた。  もうおれの身体の自由を奪う奴は、いない。  おれの意志で……ここでは動いていいのだ。  だからテツさんに自ら接吻した。 「テツさん……あなたと見たいんだ」 「桂人……お前、笑うと可愛いんだな。もっと笑わせてみたくなった」  
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