『春の雪』後日談 ~テツと桂人の場合⑦

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『春の雪』後日談 ~テツと桂人の場合⑦

「テツ、テツ、ちょっといいか」 「なんです」 「いやぁ……実はな」 「?」  夕食の後、海里さんが差し出して来た封筒には、領収書在中と書かれていた。   「今度は何を買ったのです?」  これまでも散々柊一さんの衣装を惜しみなく買いまくっていたので、またかと思った。   「今度は、飼うことにした」 「はぁ? だから何を買うのです?」 「まったく、テツのせいだぞ」 「なんで俺のせい?」 「いや、テツのせいではないか。テツのお陰と感謝すべきだな。柊一の寂しさを紛らわすものを見つけたのだから……ほら、この子だよ可愛いだろう」 「こ、この子?」    話が見えなくて混乱してしまう。『この子』とは、まさか『この娘』ではありませんよね?  俺が青ざめていると、海里さんが照れ臭そうに写真を見せてくれた。 「この子なんだ、どうだ? 別嬪だろう」  べべべ、別嬪って‼  慌てて写真を奪い取ると……  そこには真っ白な子猫が写っていた。とても上品な顔立ちだ。 「はぁ……なんだ、猫のことですか」 「おいおい、一体何だと思ったんだ? ほら見てみろよ。血統書付きだぞ」 「呆れたな。野良猫ではないじゃないですか。こんな高そうな猫を飼うなんて、あなたのお給料大丈夫ですか」 「変な心配するなよ。柊一が飼うのだから、上品な猫でないと駄目だ」 「ははっ、参りましたよ。海里さんの深い愛には……で、俺は何をしたら?」  ****  という訳で、俺は朝からコソコソと庭師の仕事を放り投げて海里さんの手下になっているのさ。何しろ柊一さんが屋敷の中で偶然見つけたことにして欲しいというのだから、海里さんも相当ロマンチックな男だよな。  午前10時、正門前で見張っていると、ペットショップの店員が子猫を連れてやってきたので、誰にも見つからないように領収書と引き換えに受け取り、初歩的な子猫の育て方を教えてもらった。 「みゃあ……」  か弱くなく白猫は、白薔薇や雪のように真っ白で可愛らしかった。これは桂人も喜びそうだな。桂人もまた春子ちゃんを旅立たせ寂しがっているのだ。  白猫を作務衣の胸元に隠すと、温もりが赤ん坊のようで俺も虜になった。いや、俺は赤ん坊の温もりなんて知らないが。  結局……庭の奥で暫しの間、猫とじゃれ合ってしまった。 「はは、そんなところ舐めるな、くすぐったい!」 「にゃああ……」  芝生まみれで戯れていると、ぐうと腹が鳴った。  待てよ……今、何時だ?  こんなことをしている場合ではなかった!    屋敷に慌てて舞い戻り、猫を隠す場所を探した。  そうだ! 一階にしよう。  普段使っていない部屋に隠し廊下へ出ると、柊一さんがキョロキョロ辺りを見回しながら階段を下りてきたので、慌てて勝手口から逃げた。  この分ならすぐ見つけてもらえそうだな! 白猫ちゃん。  庭の奥から、猫を置き去りにした部屋をじっと見ていると、目論見通りだ。    人懐っこい猫が、嬉しそうに鳴く。 「にゃあ、にゃああ……」 「あ! 猫だ。やっぱり本当にいたんだね! こちらへおいで!」  おぉ! これはまた……なんと清らかな光景なのだ。  柊一さんが白猫をそっと抱きしめる姿は、まるで天使のようだった。  時計を確認すると、午後一時。  ふぅ……海里さん、俺は予定通り任務を遂行しましたよ。  お礼は美味しいワインでいいですからね。
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