『春の雪』後日談 ~テツと桂人の場合⑩

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『春の雪』後日談 ~テツと桂人の場合⑩

「桂人、少し酒でも飲むか」 「あぁ、欲しい。テツさん……あれはまだあるのか」 「桂花陳酒(けいかちんしゅ)のことか」  そう問えば、桂人は色っぽい顔で微笑む。 「そうだ」    海里さんに分けてもらった酒が、最近の桂人のお気に入りだ。  それは白ワインに金木犀の花を3年間漬け込んだ中国酒で、甘味が強く香しい香りがする。アルコール度数もそこそこあるので、ロックで飲むと程よく酔え、桂人がはしたなく(とこ)で振る舞ってくれるので、俺のお気に入りでもある。 「ほら飲め。今日も疲れただろう」 「ありがとう」    桂人がグラスを傾けながら、ふっと微笑む。   「テツさん……秋の訪れを告げてくれる金木犀の香りがする桂花陳酒は、強い甘さの中にどこか懐かしさを感じさせてくれるな」 「恋しいのか」  何が……とは問わない。  春子ちゃんが恋しいことは、言わずもがな。   桂人の目は潤み、今にも泣きそうに見えた。 「どうした?」 「テツさん……」  唇を薄く開き、口づけを欲しがっているよう見えたので、俺は席を立ち桂人の隣に座った。  顎を摘むと、桂人は静かに目を閉じた。  長い黒い睫毛が微かに揺れる。  唇同士を重ねようとした瞬間、ドスドスと階段を駆け上がってくる足音と声がした。 「テツ! テツはいるか」 「……海里さんですね」 「なんだ? あの騒ぎ方は」  ドンドンっとけたたましくドアを叩いて騒々しいな。 「一体どうしたのです? 海里さんがそんなに息を切らして」 「猫の食べ物を用意してくれ! 早くしないと!」 「猫、あぁテテのですね。ちょっと待ってください。ペットショップから育て方や食べ物の手引きをもらっていましたよ」  どれだけ急いで来たのか、海里さんが膝に手をついて、はぁはぁと息を吐いている。   「早くしないと!」 「さては、テテがお乳を欲しがっているんですね」 「う……なんで分かる」 「くくっ、テツさん、海里さんって柊一さんに対してだと人が変わるな」 隣で桂人が朗らかに笑う。  桂人の笑顔は、色気があるな。 「なるほど、で、海里さんのお乳はいらないと言われたんでしょ。大方……」 「う……っ」 「テテは俺の乳を欲しがりますが、流石に今はお邪魔できないので、はいどうぞ」  海里さんに猫用のミルクと食事を持たすと、勢いよくまた去って行った。 「やれやれ、らしくない。でもああいう海里さんも悪くないな」 「……」 「桂人? どうした?」 「おれも……」 「ん?」 「なんだ? お前もテテに乳をやってみたかったのか」 「違う! おれは……」  桂花陳酒の香りを(まと)う桂人は、既に酔っているようだった。 「どうした?」 「テツさん……欲しい」  桂人が俺をベッドに押し倒す。  な、なんだ? この状況は…… 「おれ……猫になりたい」  桂人が俺に跨がり、着ていたシャツの釦を外しだした。 「どういう意味だ」 「……」 「桂人? そうか……お前の好きにしたらいい」 「……する」  桂人は俺の胸の顔を伏せて、俺の乳首を小さな赤い舌でぺろぺろと舐めだした。妖艶でいて可愛らしい行為に、下半身が爆発しそうになった。 「なんだ? 桂人が猫になりたかったのか」 「あ……その、甘えたかったんだ。俺も猫みたいに……」  桂人の耳は、朱に染まっていた。 「あぁ……本当にお前は可愛いよ」  俺は腕を回し桂人をギュッと抱きしめ、それから優しく背中を撫でてやった。 「よしよし……桂人」 「テツさん、テツさんっ……」  桂人は何度も何度も、俺を呼んだ。  こんなにも恋い慕われている――  それが嬉しくて……俺は目を閉じて、桂人の艶めいた声を聞いた。  
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