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『春の雪』後日談 ~テツと桂人の場合⑪
愛猫テテがやって来てから、屋敷がすっかり賑やかになった。
テテは血統書つきのはずだが、やんちゃで甘えん坊な猫で、相変わらず、隙あれば最初にこの屋敷で構ってもらったテツの胸元に入ろうとしているようだ。
「海里さん、今日もテテは甘えん坊で食いしん坊でしたよ」
「なんだって? またテツの乳を?」
「ふふ、もうテテのお散歩コースみたいですね。テツさんのところに立ち寄るのは」
「テツに恨まれそうだな。桂人が妬くだろう」
「え、そうなんですか。テテは本当に愛らしくて……見ていて飽きないですよ。僕が仕事をしている間は、長椅子に座ってじーっとしてくれます」
なるほど、柊一には従順なようで安心した。
テツの胸の件は、桂人の嫉妬心を煽って二人が熱々になるから、あれはあれでいいのか。
テテのお陰で雪也くんが旅立った寂しさを紛らわすことが出来ているようで、柊一は、毎晩テテを膝にのせて、一日にあったことを楽しげに話してくれる。
俺はそんな日常がとても愛おしく、柊一と積み重ねる毎日をじっくりと味わっている。
「海里さん、雪也は英国で元気みたいですね。瑠衣も定期的に知らせてくれるし、雪也からも手紙が届くので、僕はもう安心しています。あの時は取り乱して……すみません」
「謝ることではないよ。寂しい気持ちはよく分かる。この環境に、こちらも少しずつ慣れていこう」
「はい」
柊一がパジャマに着替えて、俺のベッドにやってくる。
テテはもう丸まって眠っている。
柊一のサラサラな黒髪が揺れる度に、いい香りがした。
「君の髪は、今日も綺麗だな」
「海里さんの髪色は、まるで……」
柊一は恥ずかしそうに、耳を赤く染めて俯く。
「その先を、言ってご覧」
「まるで……おとぎ話の王子様です。海里さんはいつも本当に素敵です」
日本人離れした髪色、瞳の色、肌色。
生粋の日本人とは違って辛かったことも多々あった。弱音は吐かなかったが、心の奥底では、ずっと鬱々と思っていたのだ。
「ありがとう。その続きも聞かせて欲しいな」
「あ、はい……だから僕は毎日……Fall in loveしています」
「ありがとう。俺は毎日、君にI'm in love.」
今宵も、唇を重ねる所から始めよう。
おとぎ話とは、好きな場面を何度も何度も読むものさ。
「海里さん、明日から皆で旅行なんて、楽しみです」
「そうだな。俺も楽しみだよ。大切な別荘を提供してくれた白江さんには感謝しよう。テツと桂人も誘ったが、彼らも楽しんでくれるといいな」
「そうですね。あの……海里さんと初めての旅行です。ドキドキします」
柊一が胸に手をあてて頬を染めている。
俺はその手を外して、そこに耳をあててみた。
ドクドクドク……
きっと俺と柊一は、この世を去るまでこんな風にずっとドキドキしあっていくのだろう。
これから、沢山の思い出を作ろう。
二人で――
二人の――
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