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『春の雪』後日談 ~テツと桂人の場合⑫
明日から由比ヶ浜の別荘に、海里さんたちと一緒に泊まることになっている。
桂人の故郷に行ったのは、いろいろ事件があって大変だったので、今回が実質的に初めての旅行となるわけだ。
「テツさん、辞書を持って行ってもいいか」
「勉強熱心だな」
「あと……洋服? それとも浴衣……どちらが好みか」
「お前は、和服が似合うよ」
「では浴衣にしよう」
二人で旅先で寛ぐための荷物を準備していると、不思議な心地になってきた。俺たちは男女のように結婚した仲ではないが、生涯を共に過ごす誓いを立てた間柄だ。だからこんなにもゆったりとした心地で旅に出るのは、まるで世に言う『新婚旅行』のようで、気恥ずかしくもなる。
「桂人、お前は……海に行ったことがないのなら、もちろん泳いだこともないよな? 泳ぎ方を教えてやらないとな」
「……ふっ、あるよ」
「えっ、いつだ?」
意外な答えが返って来た。
「それは、ここで習った」
桂人が俺を両手でベッドに押し倒し、足を広げて跨いで来た。
俺を見下ろす桂人は、不敵に笑った。
「ふっ」
全く……子猫のように甘える時もあれば、こんな風に大胆不敵な行動も取る。
「テツさんに抱かれている時は、海を泳いでいるみたいで心地良いよ」
「海を知らないくせに?」
「むっ、見たことはあるさ! 広くて……雄大な場所だろう? おれにとってテツさんはそういう男だ」
参ったな。そんな風に言われたら今宵も欲しくなるじゃないか。明日から旅行だから、負担をかける行為は控えようと思っていたのに。
「桂人、旅支度は後でいいか」
「え?」
「今すぐお前を抱きたくなった」
「あ、よせ」
「煽ったのは桂人、お前だ」
彼の作務衣の袷に手をかけてバッと左右に割ると、剥き出しの肩や平らな胸が露わになった。既に俺に跨ぐ姿勢だったので、細腰を掴んで反転させシーツに肩を押しつけた。
「あっ……」
騎乗位もいいが、こうやって腕の中に組み敷くのが好きだ。
そのまま平らな胸に舌を這わせて吸い上げてやれば、桂人の白い柔肌が赤く染まり出す。
「桂人は、日焼けしたら赤くなる性質だろう。たっぷりアロエのクリームを作って持って行こう」
「ん……っ、そうなのか。うっ……」
「ここも、ここもすぐに赤くなるな。乳首がもう尖って充血しているぞ。本当に色っぽい身体だ。あまり他人に見せたくないな。露出度の低い水着を着せないとな」
そう呟くと、桂人が目を丸くしていた。
「テツさん、おれは男だ。男なら思い切って、褌で潔く泳ぐべきだ」
「ふ……褌って、まさか持っているのか」
「あぁ、持っているよ。瑠衣さんが用意してくれた衣装の中に紛れていた」
「瑠衣が……? それは似合わなすぎだろう。一体何故そんなものが?」
桂人が思い出し笑いを浮かべた。
「何を笑う? まさか瑠衣にそんな趣味があるとは、驚いたな」
線の細い華奢な瑠衣に、正直……褌は痛々しいな。だが桂人の筋肉質な身体なら、ビシッと決まりそうだ。
「ははっ、買ったのはアーサーさんだよ。日本に来た時、瑠衣さんの浴衣姿を気に入って、浴衣を買いまくったそうだ。その時、浴衣には褌がいいと呉服屋で聞いたらしく、褌まで揃えたんだってさ。瑠衣さんは呆れて、冬郷家の納戸に全部しまい込んだけどな」
くくっ、鮮やかに目に浮かぶ光景だ。
瑠衣に浴衣は確かに似合う。
それに浴衣はいいよな。隙間だらけだ。
作務衣も同じだ。
「それで瑠衣さんがこの前帰国した時、全部おれに押しつけて行ったんだ」
桂木がベッドからするりと抜け出て、トランクを開き、白い褌を取り出した。
「これなんてどうだ? 白くて綺麗だろう」
「あ……いいな」
白い褌をキュッと締め上げた桂人を想像すると、一気に煽られた。
「だが……海では駄目だが、俺の前ならいいが」
「変な理屈だな、くくっ」
桂木の少し低い艶めいた声が響くと、下半身が疼いた。
「今試しに締めてやるから、そこに裸で立ってみろ」
「あぁ」
潔く桂人はもう脱げかけていた作務衣を、自らの手で潔く全て取っ払う。
「つけてくれ、俺に……」
「参ったな、お前は色っぽすぎるぞ」
「なんとでも」
あぁ……今宵も止らなくなりそうだ。
桂人と俺は、夜な夜な互いの身体を愛し合って生きている。
生きていく。
だからこれでいいのだ。
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