閉ざされた秘密 10

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閉ざされた秘密 10

「もうすっかり傷は良くなったようだな」 「……えぇ」  おれの足の傷を見つめ、テツさんが安心したように呟いた。 「桂人は相変わらず、つっけんどんだな」 「……」 「今日は海里さんの屋敷に行くが、ひとりで大丈夫か」  心底心配そうに問われて朝から調子が狂ってしまった。だが何とか感情を抑え、冷たく返事をした。 「おれは子供じゃない……だから大丈夫だ」 「ふっ、やっぱりお前は可愛いな」    はぁ? そこは可愛くないと言う所だろう?   本当にこのテツさんという庭師の頭の中は、どうかしている! 「桂人をひとりで残して行くのが、今日は何故か心配でな」 「ばっ、馬鹿なこと言わないで下さい。もうおれは怪我も治ったし、問題ないでしょう」 「そんなところが、また……」  顎に手を当て、テツさんがしげしげとおれを見る。  その瞳は、やはり日だまりのように優しかった。 「遅くならないように戻るよ。夕食は一緒に食べよう。待っていてくれよ」 「……」  以前なら海里さんの屋敷に行く日はかなり遅くなり、挙げ句の果てに酔って帰宅していた癖に……急に何だよ。  おれを怪我させた負い目でもあるのか。 「じゃあ、頼んだぞ。そうだ、疲れたら俺の庭で休憩してもいいからな。あそこには誰も来ない」 「おれは留守番をする小さな子供じゃない」 「そうか? 俺から見たら桂人は……」  テツさんから見たおれ……?  その次の言葉を、テツさんは何故かグッと飲み込んでしまった。  全く……変なことばかり言うから、出掛ける彼を見送り、おれの方も少し名残惜しい気分になってしまったじゃないか。  参った……こんな調子では無事に復讐を遂げられない。  何のために10年間も社の中で、死んだように生きながらえたのか。  何のために森宮の館に呼ばれるがままに、のこのことやってきたのか。  すべての恨みを晴らすためだろう。  10年前……  女子でないことがバレて土地の地主の怒りを買い、その場で腱を切られ……失血死寸前だったおれを救ってくれた……黄泉の国の入り口で彷徨う魂のためにも、この身を投げ出す覚悟でやってきたのに。    おれを見捨てた家族は、死に損ねた生き霊のようにしか見てくれなかったし、おれに唯一近づいてくれた青年も……結局は、おれを選んではくれなかった。  誰もおれなんて……いらないだろう?   だったら恨みを晴らして、あの世に今度こそ行く!  人に期待するな。絶対に――  そのつもりだったのに……テツさんという人は、本当に厄介だ。  おれに未練を残させる人だ。  部屋に蹲り膝を抱えていると、突然、窓がガラリと開いた。 「悪い、忘れ物だ」 「テツさん?」  もうとっくに出掛けたと思ったのに何故?   問いかける前に、目の前に黄色い秋桜の花束を差し出された。 「な、なんだよ、これ……」 「今日は一段と綺麗に咲いていたから、出掛ける前にお前にやろうと思っていたのを、すっかり忘れていた」 「へっ、変な事するなって言っているだろう! おれは男だ! 男が男に花を贈るなんて……普通じゃない!」    俺は叫んでも、テツさんは呑気な様子で笑っていた。大らかな人だ。 「そうなのか。綺麗だったので桂人にあげたいと思ったが……これは変なのか。まぁいいから、受け取れ」  視界を覆うほどの黄色い秋桜に包まれて、言い返す言葉を失ってしまった。 「じゃあ行ってくる」 「あ、あぁ……」  テツさんの匂いと日だまりの匂い。  更に花の匂いが、おれを優しく包み込む。  優しい手だ。テツさん……
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