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旅立ちと出会い 2
北国・秋田――
まもなく収穫の秋を迎える米どころの農村……堤防の近くに、こんもりと木が茂っている場所がある。ここは『鎮守の森』と呼ばれる場所で、境内にはお稲荷さんや石碑が並び、木造の社が建っている。
その周りの樹木をひとりで長年手入れしてきたのが、おれだ。綺麗に剪定し雑草も刈り、毎日……手入れだけはきちんとしてきた。
「……それでは、行ってきます」
手を合わせ……ご先祖さまに挨拶し、くるりと背を向けた。
「さぁ行こう!」
目の前には、一本道しかない。
両側には稲穂が垂れる収穫間近の田んぼが広がり、頭上には抜けるような青空が広がる、真っすぐな道だ。
おれは、今日……故郷を離れ、遠く旅立つ。
この道はどこに続くのか。
おれ自身を取り戻しにいくのか。それともこの運命の果てを見るために?
進んでみないと分からない……ならば、歩み出すまでだ。
一張羅の和装に、大きなトランク一つ。長閑な秋の田園風景を惜しみながら歩いていると、後ろから大きな声がした。
「おーい!」
振り返ると同じ村落の青年が立っていた。彼はおれより5歳年上でもう立派な所帯持ちだ。どうやらおれが旅立つ知らせを聞いて、慌てて追いかけてきたようだ。ずいぶんと息を切らしている。
「聞いたぞ! 本当にこの村を出て行くのか」
「えぇ」
「どうして? お前が居なくなったら、あの『鎮守の森』の社は誰が守る?」
「……もう誰も守りません。そもそも……最初から守らなくてよかったのです」
「……それ、どういう意味だ?」
「もう行きます。どうかお元気で」
「せめて、どこに行くか、教えてくれよ」
「永遠に内緒です」
「ま、待てよっ」
「……」
バスを乗り継いで1時間以上、ようやく秋田駅に着いた。大昔に一度だけ来たことがある。当時は空き地だらけだったのに……今はビルが建ち並び、ずいぶん近代化が進んでいた。
「だいぶこの辺りも開けてきたな」
さぁここからだ。この鉄道に乗って一気に上京しよう。
秋田の農村で生まれ育ったおれが、25歳にして初めて東京という大都会に出て行く。何が待っているのか、まだ分からない。
ここにはもう、戻らない。
いや、戻れないだろう。
「さよなら、故郷……」
おれを見送る者は、誰もいない。
今生の別れになるかもしれぬのに……
これが、おれの人生。
おれの哀しい定めなのだ。
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