閉ざされた秘密 32

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閉ざされた秘密 32

 背後から急に話しかけられ恐怖を感じた。このタイミングで話しかけてくるのは、一体誰だ?  茂みの向こうから男の強張った声がする。 「まさか……桂人なのか。戻ったのか! お前……ここに戻って来られたのか。無事なのか……なぁ、姿を見せてくれ! 」  どうやら桂人を知る人のようだ。  いよいよ確信した。桂人はここに一人で住んでいた。一人ぼっちで……とても長い間。彼もまた俺と同じで森宮家への生贄の一人だ。きっと。  それにしても、今俺に話しかけるこの男の声、どこかで聞いた事がある。 「残念だな。俺は……桂人じゃない。そういうお前は誰だ?」  逆に聞き返すと茂みがガサガサと揺れて、一人の青年が現れた。どこかで見たような……それにどこかで聞いた声だ。 「ま、ま……さか、兄さん」  その青年は俺の弟だった。俺の3歳下の弟だ。  15歳で家を出た時、まだ彼は12歳だったので面影が随分変わっていたのが、電話で話す声と同じだった。 「なんで……お前が」  そこで弟と最近交わした内容を振り返った。  それは俺が思い出した記憶とは、辻褄が合わない会話だった。 ‥‥ 「お前はどうだ? 結婚生活は楽しいか、別嬪な奥さんもらって幸せだな」 「はい……息子も娘も大きくなりましたよ。兄さんも、たまには帰省してくださいよ。お見合い話も来ていますよ」 「ははっ庭の事が気になって、それどころじゃない。そっちの事はもうお前に任せている。頼んだぞ」 「……それは分かっていますが、僕が兄さんに会いたいんですよ」 「可愛いこというんだな。二児の父親にもなって」 「……それは言わないで下さいよ」 ……  たまには帰省して欲しい? お見合い話?  そんなのあるはずないじゃないか。  あれは全部、作り話だったのか。  俺は一度も帰省していないし、そもそも生贄として捧げられた奴にお見合いなんて、こんな小さな村であるはずないだろう。  記憶が混濁していく。ずっと庭にしか興味を持てないよう仕組まれていたような気分だった。  靄が晴れて、真実が見えて来る。 「に、兄さん? 何故戻ってきたんですか。駄目ですよ。ここにいる事を見つかったら、大変なことになります」  弟は血相を変えて、慌てていた。  そうだ……時間がない。今は俺の真実より桂人の方が大事だ。俺は生贄と言っても、庭師として師匠が親代わりになってくれ可愛がってもらえた。体罰もなく恵まれていた。  なのに……桂人の境遇は悲惨だった。度重なる折檻の痕が痛々しく辛かった。同じ男の生贄だったのに、ここまで境遇が違うのは何故なんだ!  彼の女性と見紛うばかりの美しい顔の作りと、醸し出す男の硬質なゾクっとする程の色気が脳裏を過った。 「お前、さっき『桂人』と呼んだな。彼を知っているな」 「……それは、言えません」 「桂人を少しでも想う気持ちがあるのなら、教えてくれ。どうやったら彼を救える? 頼むっ!」  弟は絶対に何か知っていると確信した。  俺は膝を地べたにつき、土下座して頼んだ。 「兄さん‼ や、やめて下さい。僕は兄さんの犠牲の上に生きているのに……桂人にだって何もしてやれなかったのに」 「桂人はここに住んでいたな?」  弟が無言で指差したのは、小さな小さな社だった。  ま……まさかあんな狭い場所に? 「桂人は15歳の時に生贄として、この社に奉納されました。ですが……色々あって幽閉されて……それ以降、僕が彼の世話係でした。彼は僕を慕ってくれたのに、僕は彼を置いて結婚したのです。何もしてやれなかった……結局、救ってやれなかった最低な人間です。兄さんにも桂人にも……申し訳なくて」  弟はその場に泣き崩れていた。 「桂人を探す術はないのか! 教えてくれよ! 桂人!」  俺は……小さな社の古びた木戸を、力任せに開いた。  
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