朝露のような希望 3

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朝露のような希望 3

 あれからずっと探している。だが、未だに桂人の行方は掴めない。  弟からもらった手掛りは、不思議な絵巻物だった。 『兄さん、実は僕なりに調べてきました。桂人が背負わされた運命から解放される方法がないかと。これは昨年の大雨で地主の屋敷が一部が濁流に流され、我が家に辿り着いた木箱に入っていた物です。【森宮神社奉納目録】と一緒に入っていました。奇跡的に濡れておらず、でも何を意味するのか分からなくて。兄さんなら解明できるかもしれません。これを託します。兄さん、どうか桂人を救ってやってください』  預かってきた絵巻物を何度も何度も見開いては、考えている。  謎を解き明かしたい。  だが絵巻物に描かれていたのは、すぐには解読不可能な不可解な物語だった。    黒と白が混ざりあった場所に彼岸花が咲いている。その先には小さな丘があり、そこに勾玉のように丸まった物体が置かれている。  そこにぐさりと突き刺さる物体は何だ?  肝心な部分が擦れてしまって、よく見えない。  まだ漠然として断言できないが、ここにもしかしたら呪いの解き方が隠されているのではと期待してしまう。  あれから海里さんも冬郷家の屋敷に泊まり込んで、雄一郎さんの動向を見張っている。俺は森宮の屋敷中を探し回ったが、桂人の姿を捉えることが出来ず、苛立っていた。  しかも……今日は朝からずっと胸の奥がざわついている。  間もなく何かが起こる。  きっと――    もう時間が迫っているのだ。 **** 「海里さん、今日は冬郷家の庭の手入れに行ってきます」 「テツ……今は無理しなくていいぞ。庭仕事は後回しにして、桂人を探してくれ」  海里さんはいつだって優しい。人を思いやる心を持っている人だ。一介の庭師の俺にも、こんな風に気を回してくれる。 「ありがとうございます。ですが……今日はどうしても種蒔きをしないといけないので、行ってきますよ」 「そうか。じゃあ頼む。そうだ、柊一や雪也くんの様子をも見て来てくれないか。今日の夜には、流石に心配なので一度戻ると伝えてくれ」 「分かりました」 ****  冬郷家に着くと、いつもなら出迎えてくれる柊一の姿が見えなかった。 「珍しいな。まぁ、連絡もせずに来たのだから当たり前か。先に種蒔きしてしまおう」  柊一を呼び出すより先に『秘密の庭園』に入り、中央の東屋に荷物を置こうとした瞬間、雷に打たれたように驚愕した。 「けっ……桂人!」  東屋に蹲る人影。  目を凝らすとずっと探し求めていた桂人だった。雨に濡れたのか泥まみれで、カタカタと心細そうに震えていた。 「あ……何故だ?」    慌てて手を伸ばすと、ふっと姿が消えてしまった。  幻影だったのか。だが、そこには確かに桂人の残香が漂っていた。 「ここにいたのか!」  桂の木は秋に甘い香りを放ち、美しく黄葉する。幼い頃、夜店に売られていた綿あめのような甘い香りだ。特に秋の香りはかなり強く、少し離れた場所にいても桂の木があることが分かる程だ。  先ほどの姿は、桂人の残り香が呼んだ幻影だ。  きっとすぐ傍にいる!  幻ではない香りが降って来る。 「どこだ! どこにいる? 桂人──っ」  俺は庭中に響き渡る声で……大声で叫んでいた! **** 「……テツさん……会いたい」  あぁ……とうとう……本音を漏らしてしまった。  こんな言葉、おれが吐いては駄目だ。皆に迷惑をかけるだけだ。  そう思うのに止められない想いが溢れてきた。 「……ケイトさん。今すぐにテツさんに連絡しても?」 「……頼む」  それは柊一さんの提案を、静かに受け入れた時だった。突然、庭からテツさんの声が響いてきた。 『どこだ! どこにいる? 桂人──っ』  俺は口を手で押さえ、首をふるふると横に振り、震えあがった。   「どうしよう、どうして──」  ここにおれがいると、どうして分かったのか。  これは言霊が呼んだ幻聴か……  それとも現実なのか。
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