朝露のような希望 6

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朝露のような希望 6

   温かく湿った感触に驚くと、至近距離でテツさんと目があった。  彼の眼は真っ赤に充血していたが、怒っているのではなく泣いているように見えた。 「テ、テツさん!」 「桂人っ……心配したぞ! 探していた! ずっとお前のことを」 「あっ……離せっ! 離せよ」 「駄目だ!」  彼がおれをきつく抱きしめる度に、クラシカルなベッドのスプリングがギシギシと軋んだ。  彼の鋼のように逞しい躰が圧し掛かり、おれの全身を圧迫する。息が出来ないほどの強い抱擁に、目が眩む。  こんなに熱く強く、誰かに求められた経験はない。肺が潰れ、息が出来なくなりそうだ。 「い……痛いっ」 「すまん……お前がまた消えてしまいそうで、つい」  冷静になったテツさんが決まり悪そうに、おれの上からパッと身を起こした。その時、奇妙な感覚が湧いた。 「い……いやだ……離れるな」 「何を言って?」 「テツさんっ」  テツさんの肌が恋しくて、もっともっと触れて欲しくなった。だから自らテツさんの首に手を回し、彼を引き留めるように抱きついてしまった。 「おれ……い、逝きたくないっ」  生贄になった時点で、『生』を半分以上諦めたはずだったのに……  本気で逝きたくないと思ったのは初めてだ。今までみたいにあの世に行くのが怖いからじゃない。  執着が生まれたのだ。この世に……  テツさんと生きてみたい。 「おれ……テツさんの傍にいたい。こんなの、変か……」  彼はおれを驚いた顔で見下ろし、さらに驚くべき事実を告げてきた。 「桂人、どうか驚かないでくれ。お前の消息を探るうちに、とんでもない事実と向き合うことになった」 「……なんだよ、改まって」 「お前の故郷は、俺の故郷だった。俺も同じ『生贄』だったんだ」  何を言われたのか一瞬分からなかった。  だって……そんなの唐突過ぎる! 「えっ……今、なんと?」 「お前が生贄として奉納されたのは、森宮神社の社だったな」 『森宮神社』  何故その名を知った? まさか社を見たのか、俺が幽閉されていたあの『鎮守の森』を! 「なんで、そこまで……や、やめてくれ! アレは思い出したくない」 「いや、よく聞け! 俺も15歳で奉納され、森宮家の庭師として生きて来た。庭師の仕事以外に関心が持てないよう、ずっと洗脳されていたのに……それを打ち破ってくれたのは桂人の存在だ。俺の呪いを解いてくれたのは、お前だ!」  テツさんが紡ぐ言葉は、すぐには理解し難いものだった。でも本能的におれもテツさんには同じ匂いを感じ、惹かれていたのかもしれない。  不思議なことに、彼とは心の深い部分で繋がっている気がしていた。だからこそ、この世で、しっかりと繋がりたいのかもしれない。 「桂人……俺はお前が好きだ。気が付いたら自然に愛していた!」  それは、ずっと欲しかった……孤独にひっそり生きて来たおれが、ずっと求めていた言葉だ。  優しく温かなテツさんから降り注ぐ言葉は、爽やかや秋風のようにおれの躰を撫でて駆け抜けていく。それを追い駆けるように、おれの凍っていた心も解け、テツさんを求め出した。  この感覚は何だ?  躰が震える。  躰が熱くなる。  躰が欲している。    あなたを── 「テツさん、おれを……抱けよ! ここで今すぐ抱いてくれないか」  どうにかして欲しい! この熱、この想いを。  儀式までは絶対に汚してはならぬときつく忠告されていたのに……今すぐ、この身を壊したい衝動に駆られていた。  壊したら何が残るのかは、分からない。だが今はただただ……テツさんが欲しかった。  まるでずっと探していた躰の一部を見つけかたのように、テツさんをおれの体内に取り込みたくなっていた。 「桂人、本当にいいのか」 「テツさんが、いい。あなたとなら……怖くない!」
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