朝露のような希望 13

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朝露のような希望 13

「テツさん……」 「桂人」  離れがたくて、お互いの精を放った後も、唇を重ねたり躰に触れ合ったりして、長い時間、睦み合った。 「ん……っ」 「ふぅっ……」  互いの吐く息はどこまでも甘く、蕩けそうな程の幸せに包まれていた。  生まれて来て、こんなに満ち足りたことはない。やっと見つけた。  お前は、俺を満たしてくれる人だ。  漸く正気になると、自分が朝から飲まず食わずで夜まで桂人を抱き続けていたのに気付いた。人としての食欲が湧いてきてしまったようで、喉もカラカラだ。  心の渇望は桂人に十分満たしてもらったのに、今度は食欲か。人はなかなか貪欲に出来ていると苦笑してしまった。 「テツさん……どうした?」 「なぁ桂人、お前も腹が減らないか」 「あ……そう言えば何も食べずに夜か……ははっ」  桂人も空腹に気づいたらしく、笑った。 「桂人、お前……」  その微笑みがあまりにあどけなくて、目を見張ってしまった。 「なんだよ? 変な顔して」 「いや、お前って……笑うと随分幼くなるんだな。可愛いよ」 「なっ、変なこと言うな! おれはもう25歳だ!」  出会った頃は警戒心一杯で笑顔など絶対に見せなかったのに、こんなにも俺に心を許してくれたのかと、嬉しくなる。 「ん? だが実際にお前は俺より10歳も若いんだ。可愛いと言って何が悪い? 」 「かっ可愛いはずない! お、おれはそもそも男だし……」 「固定観念に囚われるな。お前は俺の愛しい人なのだから」  桂人は、しどろもどろになっていた。 「テ、テツさんって、意外とロマンチストだな」 「そういう桂人もだろう? 」  返事の代わりに桂人は頬を染め、面映ゆい表情を浮かべた。  そして腹を、ぐぅ……と鳴らしたのだ。 「あっ……もう信じられないな。こんな時に」  慌てて腹を押さえる桂人があまりに普通の青年のように見えて、泣けて来た。  もう離さない。お前は可愛くて愛おしくて美しい、俺だけのものだ。 「よし着替えて、何か食事をもらってくる」 「え……どこへ」 「柊一のいる本館だ、すぐに戻る」 「だ、駄目だ! ここにいてくれ」  桂人は血相を変えて、ベッドから降りようとする俺の背に縋った。  可愛いことを……そんなに離れるのが不安なのか。 「分かった。だが、困ったな」  すると、まるでこういう状態になるのを見越していたように、扉の向こうから声が響いた。   「テツ……そこにいるんだろう? 食べ物を持ってきたぞ。柊一からの差し入れだ」 「海里さん!」  裸体の桂人にはさっとブランケットをかけて俺の背後に隠し……ズボンをさっと穿いて上半身は裸のまま、扉を開けた。 「あっ」  海里さんは、驚いた様子だった。 「どうしました? 」 「いや、この部屋の甘い香りにやられた。そうか、これが桂の匂いか」  桂の樹は甘いキャラメルのような香りを出す。桂の葉を乾燥させて粉末状にしたものは香のもとに使われるし、とても香しい木なのだ。  桂人は、もしかしたら本当に桂の木の精なのかもな。俺も彼の香りにずっと酔っていた。 「ふぅん……テツ、お前、一気に男らしくなったな」 「よして下さいよ、そんな言い方。今まで男じゃなかったみたいです」 「ははっ、そうだな。テツは元々逞しく男らしかったが、桂人と結ばれて男気が増したぞ」  そうか、海里さんには、もう全て分かっているのか。 「テツ……森宮の家の因縁のせいで、お前の人生を滅茶苦茶にした。すまない」 「海里さんが謝ることではありませんよ」 「だが桂人にも詫びても詫びきれないことを」  海里さんのせいじゃない。  それだけは分かった。むしろ海里さんが森宮家と冬郷家の橋渡しをしてくれたから、俺と桂人はこの白き館で最後まで契ることが出来た。  誰にも邪魔されずに。  そもそも生贄同士じゃなかったら、俺は桂人と出会えなかったのだから。この人生に悔いはない。 「桂人……中にいるんだろう。すまなかった」  俺の背後に隠していた桂人が裸体にブランケットを纏っただけの姿で、近づいて来た。 「海里さんのせいじゃありませんよ。長い年月積もり積もった……因縁のせいだ」 「えっ……お前、桂人なのか。本当に? 」 「……どういう意味です」 「お前って、まるで月の精のように美しい男だったんだな」  海里さんがしみじみと言うと、桂人はふっと微笑んだ。 「おれの名は桂人。月に住民『桂男(かつらおとこ)』から来ているのですかね……まぁ、おれはもうテツさんのものですが」 「参ったな、あてられるとは。さてと食事も届けたし退散するよ」 「ありがとうございます」  海里さんは真剣な顔で、振り向いた。 「分かっていると思うが……明日、中秋の名月がやってくる。しっかり逃げろ。生き延びろ。ずっとここにいろよ」 「はい」 「分かりました」  俺と桂人は、ぎゅっと手を繋ぎ合った。  誓いを新たに、ふたりで乗り越えたい。  この運命を──
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