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朝露のような希望 14
「ほら、美味しそうだぞ」
「……」
「どうした? スープだ」
桂人の口元へ、匙ですくったコーンスープを運んでやると、ブランケットに包まったまま、おずおずと舌を出してきた。
ところがスープに舌先が触れるやいなや、顔をムッとしかめた。
「熱っ」
「悪かった。しかし……随分な猫舌だな」
「……熱いものは、嫌いだ」
「何故だ?」
「……食べ慣れていない」
気まずそうにプイと顔を背けてしまった。
そうか……15歳で社に閉じ込められてから、きっと食事も満足に与えてもらえなかったのだろう。だから温かい食べ物など、彼にとっては夢のまた夢だったのだ。
悪いことを聞いてしまった。
彼の酷い青春時代に思いを馳せると、ただひたすらに悔しくなる。
同時に、のうのうと暮らしていた自分が恥ずかしくもなる。俺は庭師として、自由に手足を伸ばして暮らしていた。食事も屋敷の使用人と同じ温かいものを十分に食べさせてもらっていた。
「おいで、俺が冷ましてやるよ」
フーフーと息を吹きかけ冷まし匙をもう一度差し出すと、今度はペロリとなめてくれた。野良猫を手なずけているような、愛おしい気分になってくる。
「大丈夫そうか」
「あぁ」
「可愛いな」
「……」
飽きることなく何度もそうやって食べさせてやると、桂人も素直に口を開いてくれた。やがてバスケットの中身が気になったようで、指さして聞いてきた。
「あれは何?」
「あぁサンドイッチだ」
「パン?」
「そうだよ。ほら」
柊一の手作りのサンドイッチは小ぶりなサイズで綺麗に切り揃えられており、中にはサーモンやチーズ、ローストビーフなど、とても豪華な具が入っていた。指先で摘み、スープで潤った口に頬張らせてやる。
「ん……美味しい」
モグモグと食べる様子も愛おしくて、ブランケットの上から桂人の肩を抱きしめてやった。
「沢山食べて、体力をつけろ」
「……テツさんも、食べてくれよ」
「あぁ俺も蓄えておかないとな。明日中、お前を抱くために」
「なっ」
あからさまに言うと、桂人は耳朶を赤く染めた。
「躰は辛くないか」
「……違和感がある……まだあそこにテツさんがいるみたいだ」
「俺のカタチを覚えさせてやる」
おいおい、俺はどうしたんだ? 自分の口から出たとは思えない卑猥な言葉がつらつらと……。
35歳まで女も男も知らず何をしていたのかと今となっては思うが、桂人と結ばれるためだったと思えば納得出来るし、むしろ光栄だ。
桂人は外見は傷だらけだったが、中身は綺麗なままだった。
互いに何もかも初めてだったのに、最初から二人は一つになるために産まれてきたかのように、しっくりと結合した。
「さぁ、紅茶も飲むといい」
「この家は不思議だな。見たことのない食べ物ばかり出てくる」
桂人が寛いだ表情で微笑めば、俺もつられて微笑んだ。
紅茶を飲んで暖まった唇に、俺の唇をしっとりと重ねた。
「そろそろいいか、また最初からしたい」
「ん……」
部屋の明かりを落とす。
枕元のランプだけ灯すと、クラシカルな部屋の雰囲気がぐっと艶めいた。
堰き止めていたものが、流れ出す、溢れ出す。
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