生きて欲しい 2

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生きて欲しい 2

    闇の中、遠くに扉が静かに閉まる音が聞こえ、覚悟を決めた足音が徐々に遠ざかって行く。    そこで俺はようやく覚醒し、ムクリと椅子から起き上がれた。  クソっ躰が少し重い。やはりあれは睡眠薬だったのか。  先ほど、桂人がいれてくれた紅茶を飲もうとした時、身に覚えのある匂いが微かに紛れている気がしたが、まさか本当に『かのこ草』が溶かされていたのか。  俺は庭で秋桜と共に密かに薬草を育てていた。だから様々な薬草の味見をしては効能を我が身で確かめていたのだ。その中に『神様の睡眠薬』と呼ばれる物があった。それは古代から受け継がれる鎮静と安眠を誘う薬草で、生薬名では『吉草根』日本名は『かのこ草 』と呼ばれるもので、根や地下茎に薬効効果があるのだ。とても可愛らしい白い花を咲かせるが、根には湿った藁のような癖のある匂いがある。   桂人……悪いが俺には薬草はあまり効かないようだ。長年庭師として生きてきた俺には、知らず知らずのうちに耐性がついていたらしい。  それにしても君は一体どんな気持ちで、この部屋を出て行ったのか。俺の腕からすり抜けて、それを思えば君を責めることは出来ない。  俺をわざわざ眠らせて桂人が向かった先は、森宮の社しかないだろう。  そこで何が待っているのか。桂人は何と引き換えに、俺を置いていったのか。  彼を問い詰めても、絶対に吐かないだろう。ならば俺が儀式と向き合うしかない。  隠れてやり過ごすのが駄目なら、正面突破してやる!  早く桂人を追い駆けねば!  床に脱ぎ捨てた衣類をかき集めて身につけていると、白いシーツが剥がされているのに気付いた。  桂人が纏って行ったのか。儀式に臨む白装束の代わりに……  くそっ泣けてくる。  馬鹿だ……桂人は本当に、馬鹿だ!  みすみす幸せを置いて、独りで旅立とうとするなんて。  そんな簡単に解けてしまう絆じゃないだろう? 俺たちが結んだ絆は!  勢いよく階段を駆け下り庭に飛び出すと、何故か白衣姿の海里さんが立っていた。 「か、海里さん、どうして? 」 「桂人が社に向かうのは想定内だ! さぁ行くぞっ」 「あぁ! 」 ****  おれは闇に紛れ、森宮家まで人目に付かずに辿り着いた。  庭の裏手の塀を飛び越えた時、ふと思い出した。  そういえば……この場所だったな。  あの日テツさんに荷物を預けて軽やかに飛び越えた塀は。  わずかな期間でこんなに心も躰も変化するなんて、思いもしなかった。  込み上げてくる口惜しさの募る涙は切り捨て、北の庭、結界のために張られた白い紐の下を潜り抜けた。  禍々しく咲いていた深紅の曼珠沙華は、おれが通り過ぎると白き花へと変化していった。 「突然、白い曼珠沙華になった。なぜ……」  その光景に故郷の雪景色を思い出し、ふと懐かしい匂いを感じ立ち止まった。  すると白い花の間から、突然声を掛けられた。 「……桂人。君が来るのを、ずっと待っていたよ」 「あ……あなたは? 」
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