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旅立ちと出会い 5
「仕度は出来たか」
「えぇ」
部屋から出て来た桂人は濃紺の作務衣姿だったので、まるでこの屋敷が、京都や鎌倉の古寺になったように見えた。
彼は作務衣を着慣れているようで、所作に無駄がなかった。
ふぅん……やはり和装姿が、よく似合うな。
俺はいつも洗いざらしのワークパンツに立ち襟のシャツといった洋装なので、これは真逆で新鮮だ。
「じゃあ早速働いてもらおうか」
「はい」
感情の見えない桂人だったが、一度、庭に出れば、その動きは楚々とした外見とは違って、俊敏だった。
高い樹木にも迷いなく登り、見事に枝や葉を剪定していく。
おいおい、コイツが弟子だって？
教える事など何もない勢いで、木の剪定や伐採・除草・草刈・施肥をこなしていく。
お前……一体、何者だ？
人並外れた動きと働きに、ただただ……呆気に取られた。
参ったな。これでは出る幕ではないじゃないか！
＊＊＊＊
海里さんが暮らす冬郷家の屋敷で夕暮れまで庭仕事をした後は、そのまま夕食をご馳走になるのが恒例になっていた。
幸せな家族の食卓に、俺のような一匹狼が混ぜてもらうのは照れ臭いが、憩いの一時でもあった。
「そういえば海里さん、新しい庭師が森宮家に来ましたよ。なので俺にもとうとう弟子が出来ました」
「へぇ……どんな奴だ？ 気難しい兄貴が新しい人間を屋敷に入れるなんて、珍しいな」
「それがですね……まるで庭の木々を、自由自在に操っているような青年ですよ」
「おいおいテツ、それじゃ弟子ではなくて新たな師匠みたいだぞ」
「ははっ！ 俺も同じ事を思いましたよ」
ワイングラス片手に新入りの庭師の件を海里さんに話すと、笑われてしまった。
無骨な俺もこの家では、少し饒舌になる。それはきっとこの美味しいワインのせいだろう。
「正直、俺は柊一のような可愛い弟子を想像していたので、戸惑っています」
「へぇ会ってみたいな、その桂人って奴に」
「……海里さんの薔薇色の日々とは、真逆ですよ」
「ふぅん……なんだ、テツにもとうとう『森の精霊』がやってきたと期待したのだが違うのか」
先日から海里さんには散々な言われようだ。ご自分が幸せな日々だからって、同い年で女っ気のない俺にも、誰かいい相手を見繕いたいようだ。俺がこの歳まで女を知らないから、相手は『森の精霊』しか務まらないだろうなどと、軽口を叩かれていた。
海里さんが顎に手をあてて、何やら考えている。
「そんなに都合のいい話はありませんよ。それに桂人は、精霊ではなく、『忍び』のようですよ」
「ははっ忍者か。テツ、お前もだいぶ面白いこと言えるようになったな。いやぁ、実によい傾向だ」
俺たちの話に興味深い様子で耳を傾けていた柊一と10歳年下の弟、雪也くんが、何やら話している。そうやって顔を付き合わせていると、本当によく似ていて可愛らしい。
「兄さま、きっとあれですね」
「うん、あれだね」
「あれって何だ？」
「彼は『日本のおとぎ話』の登場人物みたいですね。何か秘密があるのかもしれませんよ」
はははっ、この兄弟は全く。 どこまでも夢見がちな事を……
思わず苦笑してしまった。
たしかにこの白薔薇の屋敷にいると『まるでおとぎ話』の中にいるような、ふわふわとした心地になるが、陰気な森宮邸は違うだろう？
森宮家は、いつの時代も……おとぎ話とは真逆の、ドロドロとした現実に塗れていた。
海里さんの弟……妾腹の瑠衣は、後妻や使用人からの虐めに長年遭っていた。俺は直接知らないが、瑠衣の母も妾になった途端、壮絶な虐めに遭ったと聞いている。狩猟家に狙われた獲物の兎のように……悲惨だった成長した瑠衣の姿が目に焼き付いたままだ。
それから先祖返りの西洋人と間違えられる容貌で、世間からどこか浮いていた海里さん、あなたもですよ。
「馬鹿な……桂人がおとぎ話の登場人物だとしたら、妖怪かもな」
「え？ そんな……テツさん、人は見かけによりませんよ。強そうに見える人でも、そう見えるようなフリをしている事もあります。自分を偽って感情を抑え込でいることもあるので、よく見てあげて下さいね。あ、あの……ごめんなさい。差し出がましい事を言いました」
柊一が謙虚に詫びてくる。
もしかしたら、それはかつての柊一の姿なのだろうか。海里さんがそれを察したのか、ふいに柊一の肩を抱き寄せ、そっと手を重ねた。
二人の中に『親愛』という文字が見えてくるようだ。
この光景は……あてられるな。
「柊一の言うとおりだ。テツ、その青年を、見かけだけで決めつけない方がいいかもな」
「……分かりました。もう少し気にかけてみます」
『旅立ちと出会い』了
補足(不要な方はスルー）
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海里の弟・瑠衣は、『ランドマーク』の主人公です。https://estar.jp/novels/25672401
海里と柊一の恋物語は『まるでおとぎ話』
https://estar.jp/novels/25598236
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