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閉ざされた秘密 1
「ううっ」
全身に寝汗をびっしょりかいて飛び起きた。
「はぁ、はぁ……なんだ……まだ、こんな時間か」
眠ってから……まだ1時間も経っていないじゃないか。
ここにやって来て、10日が過ぎた。毎晩こんな調子で、寝ては飛び起きての繰り返しだ。
この部屋は、俺の師匠にあたるテツさんが20年間過ごした場所だそうだ。そのせいで、寝ても起きてもテツさんの匂いに苛まれている。
「もう、離れろよっ、夢の中まで、おれを苦しめるな!」
不慣れな温かい匂いなんだ。これは……
おれはずっと湿ったかび臭い部屋で寝起きしていたから、こんなにも暖かい陽だまりのような匂いは知らないし、受け付けない。
自分の喉元に手を添えると、ドクドクと不自然に脈打っていた。
生きている──
まだ生きている。
どうして?
その悩みは15歳の時から、尽きない。
「……喉が渇いたな」
部屋を出ると、肌に馴染む暗闇がおれを迎え入れてくれたので……ようやく安堵した。やっぱりこっちが落ち着くよ。
そのまま炊事場で硝子のグラスに水を汲み飲んでいると、背後でカタンと物音がした。
振り返ると1日中出掛けていたテツさんが、戸口に立っていた。
テツさんは週に2日、他の屋敷へ造園の仕事に行っている。今日もその日だった。そこには知り合いがいるらしく、夕食まで一緒に食べて来るので、いつも帰りが遅かった。
「おい、桂人……こんな時間に何してる?」
「別に……水を飲んでいるだけですが」
何となく気まずく、グラスを持ったまま横切ろうとした時、突然腕を掴まれた。
「おい? 待てよ。お前……顔色が酷いぞ」
「っ……離して下さい!」
久しぶりに他人に触れられ、驚きのあまり、持っていたグラスを手から滑り落としてしまった。
ガシャンっ──
ひび割れた音が、足元に響く。
同時に刃物で切られたような痛みが走った。
「痛っ……」
「あ、馬鹿! 何やってんだ」
硝子の破片でつま先が切れたらしく、足先に生暖かいものを感じ、ぞくりとした。
「い、いやだっ」
おれが一番苦手な……アレがやってくる。怖いっ――
足元を見てはいけないのに……つい見てしまう。
血がじわじわと滲み出しているのが見え「ひっ」と喉が鳴り、躰がガタガタと震え出した。
「お……おい、どうした? 大丈夫か」
テツさんが心配そうに足元にしゃがみ込んで、おれの裸足を強引に持ち上げた。
「あぁ、そんなに怯えるな。少し切れただけだ。ここは切ると出血が多いからな。そう心配するな」
「あ……ああああっ──」
テツさんの声とは裏腹に……頭を両手で抱えて、のたうちまわってしまった。
嫌だ……っ!
怖い怖い怖い──っ
「ど、どうしたんだ? 桂人、そんなに騒ぐな。皆が起きて来てしまうだろう」
「嫌だぁぁ──」
「おい、しっかりしろ! あ……そうか……血が怖いのか。そうなのか」
両肩を掴まれ揺さぶられ、コクコクと頷くしかなかった。
「うっ──」
「待っていろ」
「えっ!」
テツさんが持っていた手ぬぐいで止血してくれ、血の付いた床もサッと拭いてくれた。
全部、消してくれるのか……おれの恐怖を。
「もう大丈夫だ」
「うっ……」
「まだ怖いのか、しょうがない奴だな」
それでもおれはまだ震えが止まらなくて……カタカタと小刻みに震えていた。すると、爪先に突然、生暖かい感触が走った。
「え! な……何を!」
ギョッとして確認すると……テツさんが……おれの足の指を、口に含んでいた。
「アルコール消毒だよ。すぐによくなる。だから……もう、そんなに怖がるな」
「あ……っ」
知らない──
こんな温もりは知らない!
逃げ出したい程、恥ずかしいのに……
気が付くと……おれは、しゃがみこんだテツさんの肩に手をまわし、ギュッと……しがみついていた。
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