里帰り番外編 『楓』3

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里帰り番外編 『楓』3

「楓は……おれの妹です」  そう口にした途端、ずっと我慢していたものが崩れ落ちたかのように、涙の雨が降り出した。秋雨のように、しとしと……と、止まらない。 「やっと、ちゃんと泣いたな。こいつ、いつもいつも……未だに我慢ばかりして」 「あ……テツさん……」  テツさんがおれをグイと抱き寄せ、目に浮かぶ涙を吸ってくれた。この感覚って。どこかで体験したような。 「お前はいつも眠りながら泣いていたよ。いつも……妹に会っていたのか」 「え……おれ、泣いていたのか。気付かなかった」  確かにいつも夢の中で、楓を探していた。  楓がおれを呼ぶ声が聞こえるから、必死に探すのに、おれには楓の姿がわからなくて……楓もおれの姿が分からないようで、すれ違いばかりの苦しい夢だった。  もうきっと一生会えないのだと……嘆いていた。憂えていた。 「桂人は、妹に会いたいのだろう」 「……なんで」 「会いたいのか、会いたくないのか」  それは……会いたいに決まっている。だが…… 「躊躇するのは……故郷が未だにお前にとって怖い場所だからか」 「お……おれは許せないんだ。俺を女に仕立て生贄に差し出した両親のことが、まだ許せない。逃げ戻った時に、助けてくれなかったのも……恨んでいる」  生贄にされたくなかった……助けて欲しかった。  おれは声に出して何度も何度も訴えたのに、全て無視された。   「そうか……お前の気持ち、分かるよ。だが楓のことはどうだ? やはり恨んでいるのか」 村に残して来た楓が、あの時のおれと同じ15歳を迎える。そのことに不吉な予感が募って、最近気になって仕方がないのだ。もう森宮家との契約は反故になったはずなのに、どうしてだ。この胸騒ぎは……一体。   「恨むはずない! あの子だけは……いつも、おれの味方だった。だから……」 「だから?」  テツさんはずるい。おれに……素直になれと言っているのだ。 「会いたいよ。会いに行ってやりたい……楓のことが心配だ」 「よく言えたな。桂人……」 「んっ」  ご褒美に……飴玉のようなキスが降ってくる。    涙の雨は止み、おれの心には虹がかかる。  社に幽閉されていた時、何度か雨上がりの虹を見た。  あの虹の橋を実際に歩けたら、ここから逃げ出せるのでは……そんな夢を見たこともあった。 「桂人の妹に会いに行こう」 「だが仕事はどうする? 汽車賃もかかるし……そんな贅沢は……駄目だ」 「桂人は慎ましいな。海里さんがボーナス。つもり褒美をくれたんだよ」 「え……」 「気になっているんだろう? 置いて来た妹のことを」  信じられない。行っても良いのか……本当に?  テツさんを見ると、穏やかに微笑んでいた。  やっぱり鎮守の森の神様みたいだ。  俺が愛したあの樹木にも会いたい。テツさんを紹介したい。   「テツさん……、テツさん……ありがとう!」  テツさんにしがみつくと、テツさんが苦笑した。 「桂人。俺は大木じゃないぞ。そんなに身体を擦り寄せて……もう誘っているのか」 「あ……」  気は付けば、甘い口づけで……身体が既に高まっていた。 「ふっ……桂人は感じやすくなったな」 「それは……言わないでくれよ!」   お知らせ **** 本日……20スター特典に続きを更新しますね! 少し楽しいお話……『月の客』です。
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