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里帰り番外編 『楓』5
「海里さん、先日の話ですが、早速休みをもらえますか。すぐに戻りますので」
翌朝、桂人とふたりで海里さんと柊一さんに申し出た。
「もちろんいいぞ。それで、結局どこに行くんだ?」
「故郷に……いや……故郷と呼べる場所ではありませんが、桂人の妹を探しに行きたいのです」
「……なるほど。桂人、君には妹がいたのか」
「……えぇ」
桂人は妹に会いたい気持ちと、故郷に戻るのが怖い気持ちの狭間で揺れている。だから浮かない返事なのも理解出来る。
だが、故郷に未練のない桂人が、夢にまで見て……心配する楓という妹の存在がどうにも気になった。
俺は森宮家の謎を解くために、昨年の秋に一度故郷に帰省した。あの村は想像以上に特殊だ。社がなくなり生贄という悪しき制度はなくなったとはいえ……地主の圧力が強く、貧しい農民は貧しいまま……年若い娘を、言われるがままに嫁に出すことも続いているそうだ。
どこまでも……時代錯誤だ。だからこそ、気になった。桂人の話では、楓という妹は今、15歳で間もなく16歳になるそうだ。
15歳で生贄と同等の立場で奉公に出され、実家の記憶を消された俺と、15歳で女装させられ生贄に出された桂人。
15歳から16歳という時期は、あの村では危うく……行方知れずになる事が多い年代だと恐れられていた。実際に昨年、弟から聞いた話だと、少年や少女が忽然と消えてしまうことが、今でも数年に一度はあるそうだ。それを村人は『天狗の仕業』だと、片付けているとも。
「あの……理由が理由ですので、気になります。すぐに行かれて下さい。明日といわず、今日からでもいいですので」
「そんなに急に家を空けていいのか」
「大丈夫です。それよりテツさん、少しいいですか。あとで書斎にいらしてください」
柊一さんは冬郷家の当主として、采配を振った。
****
「テツさん、おれは……怖い」
秋田への道中、桂人は自分の身体を抱きしめるように震えていたが、森宮家にやってきたときとは、別人だった。
久しぶりの和装は、桂人の凜とした美しさを引き立たせていた。実際通り過ぎる人が頬を染める程の美男子なのだと改めて思った。
無骨な俺にはもったいない、月の精霊のような美しい桂人。
「テツさん、あそこはおれにとって……故郷ではないんだ」
「あぁ無理すんな。お前を見捨てた親に会うわけじゃない。楓に会うために行くんだろう」
物語の幸せな結末は、社が壊れ、生贄は解放され……親子で感動の再会。お互い泣きながら全てを許し合うという展開なのだろうが、俺たちはまだその境地ではない。
深い溝、深い蟠りなのだ。あまりに深く刻まれた。だから一度に無理にして壁を塗りつぶさなくていい。
今回は一つの目的が達せられたら、それでいいと思っている。
悪しき習慣で、子供を見捨てなくてはならなかったのは分かっているが、今はまだ許せない。清らかな柊一さんには理解してもらえないと思ったが、意外なことに彼は理解を示してくれた。
「あの……どうか、無理だけはしないで下さい。気持ち反することは、いつか歪みが生まれます。今その時でないのなら、その部分にはそっと蓋を……でもどうしても助けたいことが出来たら、僕を頼って下さい。全力でお二人に協力したいです」
海里さんに守られている初心な少年のような柊一の内面は、どこまでも気高く、ぶれない。
「桂人、そろそろ着くぞ……」
「あぁ」
俺たちは二人で秋田の地を踏んだ。
駅からバスを乗り継いで2時間もかかる山奥だ。秘境といっても過言でない田舎の村落。ここは、かつて……森宮家のための生贄を育てる村だった。
海里さんからも俺たち生贄の里帰りにあたり、あれこれ注意された。
一度生贄になったものは、あの村では異端児だ。だから社のあった『鎮守の森』以外には村に近づくな。
だから……もしも社で探している子に出逢えたら幸運だと、その時はきっと運が開けると。
「テツさん、あそこが『鎮守の森』だな。何故だろう。生まれ育った家よりも、あの場所が懐かしいなんて……」
秋風が吹き抜ける秋の日。
鎮守の森は、嵐によって全ての木が社と一緒になぎ倒されたが……盛り上がった大地と1本の大木だけは無事だった。
常緑樹のはずなのに、一カ所だけ黄色に紅葉しているのが、遠目に不思議だった。
「桂人……どうしてあそこだけ紅葉している?」
「あ……あれは! ……危ないっ」
「え?」
「テツさん、行こう!」
重い足取りだった桂人が勢いよく走り出す。
鎮守の森に向かって、一目散に!
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