里帰り番外編 『楓』6

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里帰り番外編 『楓』6

 大木からは深い大地の匂いが立ち込めていた。幹も太く節も丸みを帯びていたので、とても登りやすかった。  するすると登れる! 気持ちいい!  だから……もっと上へ、もっと空の近くへ。  気が付くと、今まで登ったこともない高さまで、一気に木登りしていた。 「わぁ!」  一番てっぺんまで上がると、視界がパーッと開けた。そこは見たことのない世界だった。  涙が自然と込み上げてきた。もしかしケイト兄さんも、こんな景色をいつも見ていたの? あの頃の私は幼くて、木に器用に登っていく兄さまのことを見上げているだけだった。 世界は広いのね……なんて広いの!  もしかして……ケイト兄さんも、広い世界に行ってしまったの。 ならば……私も行きたい!  明日……見ず知らずの男の嫁になんて、なりたくない!  いやだって言ったのに……何度も何度も……でも駄目だった。  どうして、どうしてなの?   私の意志はどこへ――   兄さん、教えてよ。ここから飛べばいいの?   そうしたら……私も兄さんの世界に行けるの?  行く……それは逝くだったの?  それでもいい。お願いよ、連れて行って。  その時、大空に美しい鳥が羽ばたいた。 「楓――」   えっ……羽ばたく音が兄さんの声に聞こえるなんて、私、よっぽど兄が恋しいのね。  白い羽に真っ黒な瞳。  あぁ、もうだめ……ケイト兄さんへの思慕が込み上げてくる。 「兄さんっ、待って――楓も連れて行って」   黄色い着物が枝に引っかかったが私は幹をトンっと蹴り、大空に手を広げた。  空へと羽ばたいた。  ****  鎮守の森。  俺が愛した大木を見上げた時、背筋が凍った。常緑樹のはずなのに、そこにまるで黄色い秋桜のような花が咲いていた。 「楓だ……あれは楓だ!」   テツさんを従えて、風を斬る。  おれは一陣の風となり走り抜けた。  飛んでしまう!  逝ってしまう!  おれの可愛い妹が!  あの子が―― 「楓! 楓! 駄目だ! そんなことしたら駄目だぁぁー!」  最近夢にまで見た嫌な予感とは、これだったのか。  おれの声よ、届け――  鎮守の森よ、どうかあの子を連れて行かないでくれ! おれの声は届かなかったのか。  見上げた大木に掠れた黄色い着物が風にはためいているのに、血の気が引いた。 同時に、ザザッとすごい音がした。  落ちてくる――! あとがき(補足させてください) **** 完結後の甘い番外編なのに、何でこんな怖い展開に(..;) すみません! 次くらいからじわじわ甘さを出せたらいいと思います。 最終的には甘い話になる予定なのです。頑張って書いていきますね。
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