里帰り番外編 『楓』8

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里帰り番外編 『楓』8

 信じられない!  私を覗き込む美しい顔は、私の記憶の中の兄だった。  卵形の優美な輪郭の中性的な美しい顔に、白い肌、真っ黒なサラサラの髪。  忘れたくなくて、毎日思い出していたから……間違えるはずはない。  生き別れてしまった15歳の頃よりも、ずっと大人びて、見たこともない上等そうな服を着ていている。すっかり身綺麗になって、他の人だったら分からないかもしれないけれども、私には、ちゃんと分かったわ。  この日をどんなに待ち詫びていたことか……! 「にーたま。ずっと待っていたのよ。ねぇ……どこに行っていたの? どうして楓を置いていったの?」 「……ごめんよ。楓……ずっと……おれは……」  兄さまは、唇をキュッと結び……それ以上は教えてくれなかった。 「あ……いいの! どこに行っていたか話さなくてもいいの。でもここにいる兄さんは本物よね。ちゃんと生きているのよね」 「あぁ……おれは生きている。ちゃんと」  兄は美しい顔を歪ませた。今にも泣きそうな表情だった。  そんな兄を愛おしげに見つめている人がいる。この人は誰?  その人の視線が私に向けられた時、急に自分の姿が恥ずかしくなった。 「や! 私、下着姿! あ……着物はどこ?」 「楓の着物はあそこだ」  指さす方向を見上げると、木のてっぺんに擦れた黄色い着物が、ひらひらとはためいていた。 「まるで……楓の抜け殻みたいだな。テツさん、楓に何を着せたらいいか」 「無闇に鎮守の森から出るのはやめておいた方がいいだろう。とりあえず桂人の着替えを」 「あぁ、そうか。楓、男物で悪いが、これを」 「あ……にーたま、ありがとう」  昔のクセで『にーたま』と言ってしまう。こんな綺麗な兄に気後れしてしまう。 「ふっ、楓は変わらないね。可愛いままだ」 「嘘だ。兄さまみたいに綺麗になれなかった!」  そう叫ぶと、兄は目を丸くした。 「ははっ、楓……おれは男だよ。おれに似たら大変だ。お前は可愛いおれの妹だよ」 「き、着替えてくる!」  見たこともない艶やかな微笑みに見惚れてしまった。ケイトにーたま、なんかすごい。すごく格好良くなった。もともと潔い兄だったが、更に研ぎ澄まされたようだわ。  木の陰で兄さまの洋服を着た。洋服なんて着たことないから、ドキドキする!  町の子は洋装の子も増えてきたので、見様見真似で着てみた。  シャツの袖もズボンの丈の長かったので袖と裾を折って、再び兄とテツさんという男性の前に登場すると、テツさんが明るく笑った。 「ははっ、よく似合うな」 「う……なんだか複雑だわ。ところで、あなたは誰?」 「あぁ、俺は庭師のテツだ。そうだな、表向きは桂人の師匠だ」 「表向き? よく分からないけれども……兄さまは庭師になったの?」 「今はそうだよ。東京で働いている。それよりどうして楓は……あんな高い場所に登った? 一歩間違えたら命が……危なかった」  そこで思い出した。  私が高い木に登って見た光景を。 「……飛び立ちたかったから、誰も私の話を聞いてくれない場所から。ずっと兄さまのことを聞いても教えてくれなかった。もう死んだと聞かされていたけど、信じられなかった! 兄さまに会いたかったから」  そう叫ぶと、兄の目には落胆の色が広がった。 「死んだか……そうだね。テツさん、やっぱり……おれは15歳で死んだことになっていた」 「桂人……大丈夫か」 「あぁ……楓を送り届けないと、テツさんに頼めるか。おれは行かない」 「いやよ、にーたま! 私、帰りたくない! いや……っ」 「楓? どうした……何があった? おれに話せ」   お知らせ(不要な方はスルーで) **** 本日20スター特典、『月の客』更新しました。 本編はシリアス路線なので、スター特典で弾けさせていただきたく……♡ とても楽しい展開になっていく気配がします。
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