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閉ざされた秘密 2
そのまま記憶が飛んでしまったようで、次に目を覚ますと、おれは自分の部屋ではない場所にいた。
「……ここは……どこだ?」
同じような和室の布団に寝てはいるが、いつものように部屋に充満しているテツさんの匂いがしなかった。
いや違う! 部屋に漂っていないだけで、もっと強烈なテツさんの匂いを近くに感じる。
「えっ!!」
生身の人肌が間近に……驚いて飛び起きてしまった。
「なっ!」
あろうことか、おれはテツさんの布団の中で、彼の腕に包まれるように眠っていた。これは……なんだ? 開いた口が塞がらない!
「あぁ桂人、起きたのか」
「なっ……なんで、おれ……ここに? どうしてテツさんと同じ布団にいるんですか! お、おれに何を?」
キッと睨みつけてしまった。身につけていた浴衣の袷をきつく握りしめて……
「ははっ、お前、可愛いとこあんのな。昨日は俺にしがみついて離れなかったぞ。だから仕方なく、ここに連れて来た」
「馬鹿なっ! このおれが、そんな事、するはずがない!」
テツさんは呑気な様子で手を伸ばし大欠伸をしながら、髪を掻きむしった。
「なんだ、何も覚えていないのか」
「覚えていません! 何も!」
「そうか……つまんないな。ちょっとは可愛いと思えたのに」
「……可愛いですって? 変なこと言わないで下さい」
慌てて飛び起きると、爪先がズキっと傷んで、畳につんのめってしまった。
「痛っ……!」
「おい、大丈夫か。指、思ったより深く切れていたな。あとで医者に行って診てもらおう」
「こんなの、かすり傷だ」
やっと思い出した。昨夜もテツさんの匂いのせいで夜中に目覚めてしまい、水を飲もうと炊事場に行ったんだ。そこでテツさんと出くわして。
あ……まずい。その後に起きた事を思い出し、急に気持ち悪くなってしまった。記憶ですら、このざまだ。本当におれは、アレに弱い。
「うっ──うぐっ」
「あ! おい、ここで吐くな」
テツさんが慌てて洗面器を差し出し、俺の手に持たせてくれた。
「は、離せっ!」
「ここに吐いていいぞ」
こんな醜態は見せたくない。なのに足が痛くて起き上がれず、結局その場で嘔吐してしまった。こんなの……おれじゃない。不覚だ。
「う、うぅ……」
「そうだ、遠慮すんな。全部吐いてスッキリしちまえ」
嫌な顔ひとつせずに、大きく暖かい手で背中をゆっくり擦ってくれる。
なんだよ、この人……まるでおれが樹の幹となり、彼に丹念に世話にされているようじゃないか! こんなの変だ! こんな優しい手は知らない。
もう、やめてくれ!
「よし、これは俺が処理してくるから、ここで少し待ってろ。足の消毒もしよう」
テツさんが洗面器を持って出ていく姿を、呆然と見つめるしかなかった。
彼にこんな弱味を見せて、どうするつもりだ? おれは駄目だ。未だに血の色が怖いなんて。こんなことでは成し遂げられない。テツさんが出て行った部屋で膝を抱えて蹲っていると、窓を叩かれた。
背の高い人影が、磨り硝子に映る。
一体、誰だ? こんな朝から……
「テツ、いるんだろう? 開けろよ」
テツさんの知り合いなのか……どうしたらいい? この状況!
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