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里帰り番外編 『楓』9
「にーたま、私ね、明日で16歳になるの」
「あぁ、そうだ……お前は秋生まれだったな」
「明日……顔も知らない20歳も年上の男の後妻に行かないといけないの」
楓の話は、予期せぬもので衝撃的だった。
もう生贄という風習は消えたはずなのに、そんな。
「なんで……? お前はまだこんなに幼いのに、そんな……俺のように幼い妹や弟のために身を犠牲にしなくても、もう……いいのでは」
「私……嫌なの! 行きたくないの! なのに……ちっともおっとうにもおっかあにも聞いてもらえないの。どうして? どうしてなの?」
おれの胸を叩きながら、涙を浮かべ訴える様子に、かつてのおれの姿が重なって見えた。
『なして? なして? 行きたくない!』
『なして? なして? お願いだ! 助けてくれよ』
「にーたまも、まさか……私みたいに見捨てられたの? 15歳で消えちゃったのは、そのせいなの?」
楓の真剣な眼差しに、隠せ通せないものを感じた。
テツさんにも促された。
「桂人……もう真実を話してやれよ。それでどうするかは楓ちゃんの判断に委ねよう」
「分かった……楓、よくお聞き、あまり時間がないから手短に話すよ」
「う、うん」
今こそ真実を告げるべきなのか。
「おれは……15歳の時に、鎮守の森の社に捧げられたんだ」
「え? どういう意味」
「生贄となったのだ」
「なんで……」
「この村特有の悪しき風習によって、森宮家の当主と……交わるために捧げられたんだ」
「ちょっと待って……その、にーたまは男性なのに……何故」
「何故か分からない。年頃の女子がいなかったからなのか……おれに白羽の矢が立ってしまったのだ」
「そんな……にーたまが人柱に?」
「あぁ、そうだ」
日本では、人身御供のために犠牲となった人間のことをよく「人柱」といい、「白羽の矢が立つ」という言葉は、この人柱を差し出す家に白い羽がついた矢が刺さったことから来ている。
「まさか……まさか……あの日……私が見たお嫁さんは……にーたま自身だったの」
「楓……お前はまだ小さかったのに覚えているんだね。そうだ。あれはおれだ。お前は黄色い秋桜を届けようと丘を駆け下りて、途中で転んでしまったね」
「そうよ! 花嫁さんが悲しそうだったので、私、励ましてあげたかったのに。あぁ……あの時、もっと近くまで寄れたら、私がにーたまを助けてあげられたのに」
「楓……」
楓が愛おしい。
「その後……おれは女装がバレて殺されそうになった」
「ひっ……」
「でも黄泉の国の手前で……おれの伯母と出会い、命を救ってもらったんだ」
「なして……うちに戻ってこなかったの? あ……もしかして追い返されたの?」
寂しく笑うしかなかった。いくらおれと引き換えに金をもらったからといえども……いくら狭い村で周りの目を気にしたとして……おれの命を見捨てた両親への思慕の情は、あの時で消えてしまった。
「楓も……同じよ。私も明日、追い出されるの」
この先の言葉を言ってもいいのか分からない。先に楓が切り出した。
「私も連れて行って! にーたまといたい」
「それは……そんなことは……出来ない」
「お願いよ! 私、さっき……木の上から広い世界を見たわ。私も飛び立ちたい」
「駄目だ。そんなことを願っては……もう二度と親に会えなくなるぞ。分かっているのか」
「それでもいい!」
どうして楓はこんなに潔いのか。おれは……死ぬに死ねず……逃げることも出来ず、社に留まったのに……楓は自ら羽ばたいていこうとする。
「テツさん、分からないよ……おれには、どうしたらいいのか分からないんだ!」
「桂人……実は……出掛けに柊一から手紙を預かって来た」
「柊一さんから? よ……読んでくれ」
「あぁ、そうだな」
おれはまだ漢字がしっかり読めないので、テツさんに頼んだ。
『桂人さん、妹さんに無事に巡り会えましたか。これは一つの提案で不要なことかもしれませんが……もし妹さんが希望するのなら、我が冬郷家に連れて来て下さい。今の冬郷家なら、あなたの大切な妹を匿えます。新しい人生を送ることが出来ます』
柊一さん、あなたって人は……どこまでも気高く、寛大な人だ。
彼が両手を開いて、おれたち兄妹を受け入れてくれる情景が浮かんだ。
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