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里帰り番外編『楓』 10
柊一さんからの手紙を読んでもらい、おれの覚悟は固まってきた。だが、やはり幼い妹の将来を左右することなので、二の足を踏んでしまう。
「楓……お前は、お前を捨てないといけないんだぞ? この意味、分かるか」
楓が大きく頷く。迷いのない瞳でおれを見つめる。
お前は小さい頃から、まっすぐな気性で潔い子だったが、本当にそのまま大きくなったんだな。それでこそ、おれの妹・楓だ!
「分かるわ! 楓は行方不明になりました! もしかしたら、死んでしまったのかもしれません」
「楓……」
「にーたま、あれを見て! 木の上の着物が私よ。楓は、あの木の上で天狗に攫われました」
ひらひらとはためく着物は、確かに天狗に攫われた女子の残像のようだった。
「もう……この村との縁を切ることになる。本当にそれでも、いいのか」
「にーたまがいるから、いい!」
信じられない思いで、何度も確認してしまう。
「ふっ、桂人はいつからそんなに心配症になった? この子はこんなに潔いのに」
「テツさん……だが、楓は二度とこの村に足を運べなくなる。テツさんだって、ご家族にも会えなくなるぞ。おれはいいが、楓もテツさんも家族を失うことになる」
テツさんが、動揺するおれの肩を両手で掴み、ゆさゆさと揺さぶった。
「桂人、よく聞けよ。誰もが憎かった相手と和解して、全てを許し、元通りになって、笑っていけるわけじゃない。確かにそうなれば最高の幸せな結末かもしれないが……俺たちは、もう心を犠牲にするな。俺たちは違う結末を選んでもいい。人には人の道がある。俺たちは……15歳の時から、あまりに多くのものを犠牲にしてきた。だから……」
「テツさん……」
テツさんがおれの後ろめたい心を認め、それでいいと言ってくれる。あぁだからおれはテツさんが好きだ。ひとつの道だけでなくていいと言ってくれる。おれの思いに寄り添ってくれる!
「桂人……昨年、お前が行方不明になった時、俺はここに一度来た。その時……ここで俺の弟に会ったよ。健康そうに伸び伸びと生きてきたのが分かる明るさを纏っていた。正直……羨ましくも思ったさ。しかも俺の弟は社に食物を運ぶ係だった。お前を救わなかった奴だった」
そうだったのか。
「あ……あの人が……」
「俺も、もうこの村と、もう縁を切りたいと思っていたのさ。生贄が、この村の柵から解き放たれるには、それが最善だ。だから楓ちゃんを連れて行こう」
「テツさん、つまり……おれたちが天狗になるのか」
「あぁそうだ」
もう一度楓を見ると、楓は今にも駆け出しそうな様子で、うずうずとしていた。
「楓……お前を攫うのは、おれでいいのか」
「もちろんよ! にーたま、行こう。そろそろ人が来る!」
確かに、遠くから松明の明かりと声が聞こえてきた。
「楓――! 楓はどこさ行った? まさか逃げたのか」
「あんたぁ、楓がいないと、あの結納金を返さないといけなくなるんじゃ」
「それはまずいな。おい、しっかり探せ」
その言葉を聞いて、おれは決断を下した。
「行こう! テツさん、楓! おれたちは、おれたちの世界に」
妹の願いを叶えるためなら、おれが天狗になる!
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