里帰り番外編『楓』 11

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里帰り番外編『楓』 11

「桂人、よく言えたな」 「さぁ、こっちだ。町への抜け道がある」 「テツさん、ありがとう。あなたのお陰で勇気が出た。さぁ楓、おいで……」 「うん!」  おれたちは、この村を出る。  鎮守の森とも、もう永遠のお別れだ。  ありがとう。結局最後は守ってもらったな。 この村に里帰りしたら両親や弟に会いたい気持ちが芽生えるかもしれないと思ったが、微塵も起きなかった。ただ、楓を幸せにしてやりたい気持ちだけだった。  その事に気づけただけでも、良かったのかもしれない。   「もうこの時間だ。こんな田舎町ではバスはとっくに終わっているし、歩くしかないな」 「私なら大丈夫。どこまでも歩けるわ!」  楓は逞しい子だ。こんな状況下なのに、前を見てワクワクした表情をしている。 「よし、行こう!」  おれたちは山道を歩き出した。  誰にも見つからないように――悪しき風習に捕らわれた村を捨て、脱出する。  **** 「あんたぁ、鎮守の森さまの、木の上を見てくれ‼ あれは楓の着物じゃ……、なんであんな場所に」 「ま、まさか天狗に攫われたのでは」 「そんな……」  その時、一陣の風が吹き抜け、バサリと目の前に着物が落ちてきた。  間違えるはずもない。この擦れた黄色の着物は、今日楓が着ていたものだ。一緒に洗濯物を干していたのに、あの子は突然雷に打たれかのように……駆け出して。  楓は女子なのに男勝りで異端児だった。近頃は……15歳で生贄に出した桂人を彷彿する容貌に、禍々しいものを感じていた。  桂人は、ばばちゃに可愛がられた長男だった。生まれた時から、玉のような赤子だったな。人並み外れた器量良しで……嫌でも15歳で生贄になって果てた夫の姉を思い出してしまう存在だった。だから……成長した桂人に白羽の矢が立った時、驚きよりも、血は争えないと思った。  最初から、生贄になるべくして生まれてきた子だったと悟った。  助けることはしなかった。こんな小さな村では、村八分になるだけだ。子を沢山宿すのは、全員が大人になれる確率が低いからさ。  ばばちゃが生きていたら許さなかったろうが、わしらは桂人を生贄として……いや、示談金をもらって手放したのだ。  あぶく銭は身につかないとは、本当だな。  目を掛けてやった、桂人には微塵も似ていない次男と三男に注ぎ込んだら、あっという間に金が無くなっていた。  彼らの結婚に金がいる。そこで楓を手放したのさ。町で後妻を探しているという噂を聞いて、うら若い乙女を差し出すと申し出たのさ。  楓は最近、あの頃の桂人に面影が似てきて怖かった。楓を見る度に、血まみれで舞い戻ってきた桂人を助けない暴挙に出た、自分たちを思い出してしまうから。  恨みがましい目で……今でも見られているような気がした。 「楓……天狗の攫われたのか、本当に……」  ならば行け。もう帰ってくるな。  ここにいても、お前は不幸だ。  わしらは、顔を見合わせてだんまりとした。 「金で子を売ったツケが回ってきたのか……ふたりの子供を永遠に失ったんだな」  **** 「何? 天狗だと? おいおい、今をいつの時代だと思っているんだ? 今すぐ村から町へ続く道を封鎖せよ! さては逃げたな」  ワシは村の地主だ。欲しいものは何でも手中に収めて生きてきた。  しかし鎮守の森の社が壊れてからというもの、ろくなことがない。  社が壊れたのを契機に、森宮の本家からは分断されることになった。鎮守の森の管理料としてもらっていた大金が入ってこなくなり、散々放蕩したツケが回ってきた。  それにしても、一時、手に入れたものを失うと、妙な執着が出てきてしまうものだな。   今思えば……どうしてあの美しい男を手籠めにしなかったのか。あれほどの美しさなら、男妾にしてもよかったのに。日に日に募る後悔で苛立っていた時に、村の畑であの美しい男の面影を映した少女を見つけたのだ。  すぐに後をつけて、ほくそ笑んだ。少女はあの月のように美しい男の妹だった。  町の中年が後妻にもらうのは名目で、内々に私の妾にして幽閉してやろうと思っていたのに、逃げたのか。  天狗だなんて、いい口実を。  まんまと逃げられたのか、口惜しい。  いや、絶対に見つけてやる!      
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