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里帰り番外編『楓』 13
「楓……何を言って? 楓は、おれが守るから、自分を大事にしてくれ」
「でも……っ」
「大丈夫。何か突破口があるはずだ。お前は少し休んで」
「……でも、にーたま」
「なっ、お願いだ。兄の言うことを聞いてくれ」
兄が優しく私を抱きしめてくれると、懐かしい温もりが届いた。
あぁ……幼い頃、私はこの兄の温もりが大好きだった。
いつもおんぶしてくれた優しい兄のために、役立ちたい。15歳で家を追い出され、生贄となってしまった、哀しい人生を歩んで来た兄のために。
「テツさん、抜け道を考えよう! 確実に逃げられる道を探そう」
「あぁ、そうだな」
にーたまとテツさんが、小さな声で相談し出した。
私だって、私も参加したい。
まだ16歳になったばかりの私では、何の役にも立たないの?
もどかしい気持ちで、唇を噛みしめた。
「テツさん……地主の目的は、楓よりも……むしろ、おれの気がする」
「なんだって、まさか」
「ここを出る日に、アイツが社にやってきて、おれの体を嘗めるように見て……股間を高め……欲情していた。本家に差し出される身だったから免れたが」
「な、何だって……無事だったのか」
「……あぁ、何とか」
「桂人は危なっかしい。もし、ここで地主の野郎に掴まったら、大変なことになるな」
「……あぁ、だから逃げよう。俺の記憶が正しければ、ここから引き返した場所にある沢を辿れば……別の経路で脱出出来るはずだ。ただし……」
私もゴクリと唾を飲み込み……聞き耳を立ててしまった。
「雨が降ればだ……」
沢とは、浅く水がたまり、草が生えている湿地。雨が降った時にだけ水流がみられる場所を指すこともあるので、そちらなのか。
「テツさん、とにかく、ここは直に見つかってしまう。現に松明の灯りが増えてきた」
「あぁ桂人、そうだな。一か八かだが、行こう」
「楓……起きているか。お前は絶対に連れて行くよ。おれ達がお前を攫う天狗なのだから。これを護身用に持っていてくれ」
「う……うん」
兄に渡されたのは『短刀』だった。桂の葉っぱと月が彫られていた。
「これは……おれだ。お前を守るものだ。使い方だけは間違えるな」
「ありがとう。にーたまの足手纏いにはならないわ」
上方から、憤った声が降りてきた。
『くそっ! いないな。この先の道は封鎖したから、まだこの辺りにいるはずだ』
『おい、この岩の下が怪しくないか』
『おお! 降りてみよう』
「ここは、もう見つかりそうだな。行くぞ!」
私とにーたま、テツさんは闇に紛れて、後退した。
早く、早く――
絶対に逃げたい!
****
「海里さん……テツさんたち、大丈夫でしょうか。桂人くんは妹さんに無事に会えた頃でしょうか」
「柊一、大丈夫だ。きっと上手く行く」
「そうでしょうか。何故だか……とても不安で、心配です」
僕は、冬郷家の主だ。
この家は森宮家を浄化するために、代々存続してきた。
生贄を犠牲にしてきたという昔話のような禍々しい繋がりは、もう解けたはずだが、何か……まだし残した大切な事があるような。
そんな胸のつっかえがあった。
「海里さん……紐を解いただけで良かったのでしょうか。きちんと結び治さないと、また絡まってしまいそうで、怖いです」
「そうだな……もしかしたら、桂人とテツの里帰りには、深い意味があるのかもな」
海里さんが僕の背後に立って、ふらつく僕を支えてくれた。
空は今にも雨が降り出しそうな、不穏な空気で満ちていた。
「柊一、祈ろう。彼らの無事を……俺たちはここから祈ろう」
「はい……」
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