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里帰り番外編『楓』 14
今宵は闇夜だ。
街灯一つない夜の山道は、危険だ。
「テツさん! こっちだ!」
桂人が先陣を切って、野道に分け入った。
あぁ……そうか……社に幽閉された10年間、お前はいつも暗闇にいた。
その名残で夜目がきくのだ。今は……助かるが、やはり切ない事だった。
「桂人、道案内を頼む!」
ザザッ――
この辺一帯は竹林になっていた。縦横無尽にすり抜けて行く桂人の後を、俺は必死に追いかけた。
桂人の手はしっかりと妹と繋がれていた。彼が大切にするものは、俺の大切なものだ。
幼い妹を、無事に柊一の庇護下へ届けるのが使命。
「ここだ!」
桂人が指さした場所は沢だった。次第に足下が泥濘んできたので、水が浅く溜まる湿地に踏み入れたようだ。足下に気をつけねば。
「テツさん、ここだ。ここに雨が降れば、道が現れる……だが、今は」
今は道はなかった。さぁ、どうするべきか。
その時ヒュッと風を斬る音がし、足下に落下した物を見て驚愕した。
弓矢だ! なんと時代錯誤なことを! この村はやはり狂っている。森宮家とは分断させられ、舵を切れなくなった舟のように、闇に引きずり込まれているのか。
「出てこい! そこにいるな。香しい桂人の匂いがするぞ。わしはやはり……妹よりお前が欲しいようだ。ハハハッ」
なんともおぞましい……地主の声が響いた。
「ケイトや……いい子に出てこい。お前の足には見えない縄をかけておいた……。素直に出てこないと、お前の妹を殺すぞ」
「や……やめろ」
桂人が震え、怯える。
「馬鹿! 声を出すな。とにかく逃げるんだ」
「だが、ここは行き止まりだ。すまない、おれが……おとりになるから、テツさん、楓を連れて逃げてくれよ!」
「お前にそんなことはさせられない。置いていくなんて絶対に出来ない」
「テツさん……おれ、妹を救ってやりたい」
「あぁ、だから皆で助かる方法を探そう!」
木陰で押し問答している間にも矢が次々と飛来し、ますます追い詰められてしまった。
「にーたま! 楓が行く! 私……今度こそ、にーたまを守りたい!」
楓が低い声で唸り走り出す! 地主に向かって一目散に!
「おれは、ここだ――!」
「よせ!」
月が雲間から突然顔を覗かせると、月光を背負った楓の髪は、桂人のように短くなっていた。
「なっ……」
足下にはざっくり切り落とされた楓のお下げに、ハッとした。
まさか……桂人になりすまそうと?
「見つけたぞー! 捕らえよ」
「駄目だ! おれはこっちだぁぁぁー」
「桂人!」
桂人も走り出す。地主には桂人が分裂したように見えるのか。驚愕しながらも見比べて、獲物の狙いを定めていた。
「あやかしの術か! どちらが、わしの物になるケイトか」
「えぇい! どっちも手に入れよ! 捕らえよ-」
手下が倍増する。もう……捕らえられるのも時間の問題だ。
「おれがケイトだ! こっちだ」
「いや、おれがケイトだ。こっちだ」
「馬鹿っ、楓、よせ――! 」
「きゃあああー」
「うわぁぁ」
桂人が手足を掴まれて引き摺られた。嫌な過去を思い出し、ガタガタと震えだした。
駄目だ! また桂人が過呼吸に陥ってしまう。
「ハァハァ……っ‼ テツさん!」
俺を呼ぶ桂人の声に打たれ、手下を一気に跳ね飛ばし、桂人の身体を庇うように覆い被さった。俺の身体は鉄のように硬く熱くなっていた。
俺の愛する人は、全力で奪回する!
そして彼が愛する妹も……取り戻す!
「にーたま、生きて‼」
****
兄がテツさんに救われるのを確認し、私は抵抗をやめた。
煮るなり焼くなりすればいいわ。兄を救えるのなら、楓は命を惜しまない。
そう覚悟していたはずなのに……強い名残があった。 捨てきれない想いがあった。
(天狗の神様! そこにいるんでしょう? 楓の名を捧げるから、どうか助けて! 10年もの間、生き別れていた兄とやっと会えたのです。もう少し一緒にいたいのです)
すると闇が動き、突然……長身の影が、私の前にゆらりと現れた。
「ふうん、ではお前の名前だけは、もらうぞ」
楓の名を欲しいという、低い声がした。
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