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里帰り番外編『楓』 15
地主の血眼な目が……怖い。
「桂人……ずっと欲していたぞ。とうとうワシのモノになるな」
興奮のあまり私と兄を見間違えてくれた! 私は淡い膨らみの胸を探られないように必死に手を前で交差した。
この隙に、早く逃げて……テツさん、にーたま!
「さぁ、私の家に来い。そして早く抱かせろ。おい! 早く桂人を縄で縛れ!」
「くっ」
兄も、この縄に縛られたのだ。そう思うと、私は怯まない。
全身を縄でぐるぐるに縛られると、胸が圧迫されて息が止まりそう。身動き出来ない、逃げ出せない状況下の恐怖は半端なかった。
兄もこんなに怖い思いをしたのだ! しかも何年にも渡り幽閉されて。
兄の不遇を思えば、涙が溢れて溢れて止まらなかった。
やっと巡り会えた兄と一緒にいたい。
それは……純粋な願いだった。生き別れたあの日から、親や他の兄が忘れてしまっても、私だけは忘れたくなかった兄の存在。
私が今縋れるのは……天狗の神様のみよ。
助けて! 天狗の神様――、あなたは悪い人じゃないはずよ!
天狗は人間を超えた存在で、空を飛んだり不思議な力を持っているせいで、人々に恐れられているが、神様として崇拝されることもある。私は後者を信じるわ!
私にとっては……あなたは神様よ!
「行くぞ!」
「待て!」
突然現れたゆらりと動く影に、地主とその手下が顔色を変えて……後ずさりした。
「ひぃ……っ、て、天狗だ‼」
天狗? 本当に天狗様なの?
「ほ……本当に存在したのか」
「地主よ! お前には森宮の分家を名乗る資格はないとのお達しだ。名乗るのを今すぐやめないと、天狗の呪いをかけるぞ」
「う……うわぁ……」
地主たちが、一斉に呻き出す。
こ、この驚き方は何なの?
「ひ……ひぃ、助けてくれぇ――」
「その子を離せ! 失せろ!」
「ひ……ひぃ――」
私は地主の手先から解放されて、天狗様に抱きかかえられた。
「天の神よ! 俺に力を……この地の呪いを解け! この地はありのままの自然の森へと還る!」
彼が逞しい腕を天に向かって振りかざせば、空が割れ、稲妻が走り、突然、雨が降り出した。
「な、なに……? すごい雨だわ」
「ふっ、これは『成就の雨』さ」
豪雨が、沢に川が呼び、そこに天狗様がどこからか小舟を持ってきてくれた。
「さぁ乗れ! おまえ達もだ」
私を座らせ、にーたまとテツさんを手招いた。呆気に取られていた兄たちも慌てて乗り込んで来た。
「ぶ、無事か……馬鹿! なんてことを!」
兄は私を抱きしめ……美しい瞳から、はらはらと涙を散らしていた。
「ごめんなさい」
「おれになりすまそうとするなんて……可愛いお下げだったのに……馬鹿……そして、ありがとう。おれのために、お前がそこまでしてくれるなんて」
「私は、にーたまが大好きだよ。今も昔も変わらずに……」
でも、どうなっているの?
天狗様が本当に現れるなんて!
まるでお伽話だわ……こんな展開‼
川は洋々と流れ……小舟は私たちを乗せて運んでくれる。
「あ、あの……天狗さま……」
「はははっ、チガウ……コレハ、テングのオメンダ」
真っ赤な顔は明らかに天狗の顔だったが、片言の日本語に違和感を持った。
テツさんは鋭い声で詰問した。
「お前……一体、誰だ? 本当に天狗なのか」
彼はひらりとお面を外して、川に投げ捨てた。
すると、月光の下に匂い立つような美丈夫が現れたので、私も兄もテツさんも腰を抜かしてしまった。
栗色のくせのある髪に翡翠のような瞳の、美しい異国の人だった。
「あなたは……だ、誰ですか……」
開いた口が塞がらないわ。こんなタイミングで現れ……助けてくれた外国人の正体は、一体……?
「俺の名は……ユーリ! 日本名は……」
あとがき(不要な方はスルー)
****
ふぅ……天狗の正体は『ランドマーク』https://estar.jp/novels/25672401をタイムリーで読んで下さっている読者さまなら、ご存じで、おおっと思われるはずですよね。ランドマークの登場人物とのクロスオーバーでした。
(ランドマーク289話おとぎ話のような日々 7より)
さてさて……甘い番外編のはずが、甘さの欠片もないスリリングな展開でここまで来ましたが、ラストに向かって細かい部分を回収していきますね。
いつもスターやペコメ、スタンプありがとうございます。更新のエネルギーになっています!
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