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里帰り番外編『楓』 16
「なんだって? アイツは……そんなことをしているのか! 許せん!」
電話を置いた途端、酷い頭痛がした。
全く、いつになったら森宮の闇から抜け出せるのか。
あれは昨年の秋のことだ。秋田の社が壊れ、森宮の社も壊れ……分家とも縁切りをした。
しかし……長年、森宮の闇を共有してきた分家の存在は厄介で、本家の手を離れた今も尚、森宮の力を笠に着て、傍若無人に土地の人を懐柔しているとは、許せない。
やはり、いよいよ荒治療が必要なようだ。
「雄一郎さん、お茶を……あら、どうなさったのですか」
「あぁ……少し具合が」
優しい妻の顔を見た途端、目眩がして床に倒れてしまった。
****
「兄貴、大丈夫か」
「あ……ここは」
「病院ですよ」
そうか……書斎で妻と話している最中に倒れたのは、覚えている。
「お義姉さんが泣きじゃくって勤務先に電話してきたので、驚きましたよ。兄貴も愛されていますね」
母親が違う弟の一人、海里だった。
ここは海里の病院だろうか。彼は白衣姿で聴診器を首から提げていた。
「俺は悪い病気か」
いよいよ罰が当たって……重い病にでもなったのか。
「いえ、ただの過労ですよ。この1年、かなり無理をしたようですね」
「長年の……柵を断ち切るのは……難儀だった」
「義姉から聞きましたが……秋田の分家から頻繁に連絡が来ているようですね。あそことは断絶したはずでは?」
「……あの地主は、欲深い男だ。手切れ金は渡して、それぞれ独り立ちしていくように言ったのに……金を無心して、集落の人をも苦しめているようだ。私が行かねば」
駄目だ。私は……呑気に寝ては居られない。
桂人の妹が16歳の誕生日を迎えた暁に、地主が手籠めにしようとしていると密告が入ったのだ。
密告者は、この家の庭師だったテツの弟だ。
彼は私に協力的で『自分は非力で、とても地主の力には勝てない。何もしてやれない。だが……この村を正しい場所に戻して欲しい』と願っていた。
「早く、助けに行かねば」
「おっと、兄貴は血圧も高いし、動悸も酷い状態だ。ただの過労を過信するな。命取りになるぞ」
「だが……根こそぎ封じるには、私が『天狗』にならねば」
「『天狗』って、なんです? いきなり……とにかく兄貴は外出禁止ですよ」
「参ったな」
待てよ。もしかしたら、これは天の思し召しなのか。私より、もっと強力な力を持つ者でないと駄目ということか。
ならばその血筋の流れを汲む、信頼出来る弟、海里に話そう。
「最後の仕上げをする時が来たようだ。海里……お前の母の血筋が必要だ」
「母の? 一体、何が」
****
兄の話は、複雑で衝撃的な内容だった。
兄自身も最近まで知らなかったことで、父の遺言で全てを知ったそうだ。
実は森宮家の先祖は、より強力な白き血を求めて……冬郷家との交流と、秋田の生贄の村以外にも、手を出していたのだ。
求めたのは英国の精霊の血だった。
西洋と東洋の血を引く女性を呼び寄せ、日本で婚姻し交わった。
それが俺の母だ。ハーフの母が、この家に嫁に来た理由だった。
しかも祖母に関して、驚愕の事実が明かされた。
そもそも秋田の生贄の女を英国に連れて行き、とある精霊の血を引く一族と結婚させたというのだ。
俺の祖母も、生贄だったのか。参ったな。
「海里は柊一くんと結ばれ浄化されたので、天狗にはなれない。だが……もう一人いるだろう? もっと強力な精霊の血を引く男が。お前の母の姉は、従兄弟の英国人と結婚し、ひとり息子を授かったはずだ」
「もしかして……アイツのことですか」
アイツとは、俺の従兄弟のユーリ。
表向きは『アスレティックトレーナー』で、スポーツ選手の健康や体調の管理、技術指導を行い、その技術を一般の人にサービスとして提供する仕事をしている。筋力アップを臨むアーサーにも、一度紹介したことがある。
だが……アイツはとんでもない男だ。
「そうだ。彼は雨を司り、『成就の雨』を降らすことが出来るだろう。確か日本名を持っていたな」
「……よくご存じで。えぇ、持っていますよ。ユーリは結里ですよ」
兄に渡された父からの遺言の古文書には、こう書いてあった。
『いつか森宮家が、何人の力も頼らず独り立ちできる時が来たら、秋田の分家は消滅させねばならない。分断で済まないときは、雨を司る天狗を呼んで、根こそぎ退治すべきだ』
真っ赤な天狗のお面と共に託された想い。
これは……もう協力するしかないな。
もう二度と、桂人やテツのような人を出してはいけない。俺の母の母もまた生贄だったのだ。もう完全に終わりにしないと駄目だ。
「もしもし、ユーリか。君の助けが必要なんだ。一肌脱いでくれないか」
「すぐに行く!」
何も語らずとも、精霊の血を引くユーリは二つ返事で引き受けてくれた。
まるでこの日を待っていたかのようだ。
「オレが雨を降らせに行くから、待っていろ!」
しかも、このタイミングで、桂人とテツが里帰りするという。
どうやら……全部、最初から決まっていたようだ。
全て……一斉に動き出す……最後の留めの時が来たのだ。
結里とは、『里を結ぶ男』の意。
絡まった縄を解き、元の場所に結び直してくれ!
正しい結びつきに、桂人やテツが苦しんだ里を、元に戻して欲しい。
もう……理不尽な涙は、二度と見たくない。
あとがき(不要な方はスルーです)
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ユーリさんの全貌が明らかになりましたね!
しかし海里先生、今日も大活躍ですね。
物語も佳境です。
鎮守の森。7777スター&8000スターをありがとうございます。
後ほど私のエッセイhttps://estar.jp/novels/25768518で、お礼と甘い小話を掲載しました。今度こそ、甘い二人に会えますよ~
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