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里帰り番外編『楓』 17
空港の到着ロビーで、頭一つ抜きん出た精悍な男は、すぐに見つけられた。
「ユーリ!」
「海里!」
英国生まれ、英国育ちのユーリは、母方の従兄弟で、英国留学中に何度も会った仲だ。
長身の外人と、日本人離れした容貌の俺たちが再会の喜びでガシッと抱き合うと、周りが響めいた。
「よく来たな」
「あぁ! ここが日本か……祖母がずっと憧れていた国……」
英国の祖母に一番懐いていたのが、ユーリだった。
「そうだ。早速で悪いが、すぐに行ってくれるか」
「あぁ、俺はそのために来た精霊さ!」
ユーリが、自分を『精霊』というのには理由がある。英国の精霊の血を引く一族というのは、おとぎ話のようで信じられないが、確かに彼には、卓越した体力と、強靱な体躯、そして雨を操れるという特技があった。
兄貴の言う通り、ユーリなら天狗になれる。その考えは間違えていなかったようだ。
「行って欲しい場所はここで、救って欲しい人はこの人たちだ。そして、顔には悪いが、これをつけてくれ」
兄貴に託された天狗のお面を差し出した。
「なんだ? この赤い顔は。随分鼻が長いな」
「これは『天狗』だ。日本の民間信仰で伝承される神や妖怪ともいわれる伝説上の生き物なんだ。山伏の服装で赤ら顔で鼻が高く、翼があり空中を飛翔するんだ。全部……天狗の仕業に仕上げたい」
「ふぅん……オレの地顔じゃダメなのか。精霊みたいでカッコイイだろう?」
「ははっ、ユーリはカッコイイよ。だが頼む、ここは天狗に」
「All right!」
ユーリは、天狗のお面を受け取るや否や、颯爽と走り出した。
ふぅ……相変わらず人間離れしているな。
ユーリ、結里、どうか頼む。
もう終わらせて欲しい。もう全てを元に戻して欲しい。
森宮の息がかかる前の平和な里に。
****
「オレの日本名は結里だ。この里は禍々しいから、雨で一度洗うぞ、しっかり掴まっていろ!」
おれたちは、揺れる小舟にしがみついた。
この男のパワーは、とんでもない。
彼が拳を振り上げれば、空が割れ、ドバッと雨粒が落ちてくる。
川が氾濫してしまう程の雨量だ。
「大丈夫さ! 里の者は助かる。欲深い地主は知らないが。ハァッ! ソレッ!」
土砂降りの雨で小舟が大きく揺れる。
「にーたま!」
「おいで!」
妹を抱えたおれを、テツさんがしっかりと抱きしめてくれる。
三人は家族のように、一つに集まった。
小舟は川をズンズンと突き進む。
どこまでも濁流に巻き込まれることはなく、まっすぐに!
気が付いた時には、ずぶ濡れで駅舎の前に立っていたので、お互いに顔を見合わせて、笑ってしまった。
笑うような場面ではないが、どこまでも痛快な気持ちだった。
雨上がりの空はどこまでに澄んでおり、色鮮やかな夕焼けが眩しかった。
終わったのか……もう全て。
「次は着替えるぞ! あそこで服を買うぞ」
駅前の洋装店に、ユーリという男に誘われた。ポンポンと服を勝手に選んでくる。明らかに外人なのに、この場慣れ感といい……どこかで見たような、誰かと似ているような。あ……そうだ。
「海里さん!」
「え?」
「テツさん、ユーリさんは海里さんに似ていないか」
オレの言葉に、ユーリさんが大きく頷いた。
「ははっ、当たり! オレは海里の従兄弟だ。海里の頼みで、ここに来たのさ。さてと……改めて君たちの名前を教えてくれないか」
「ベージュのズボンに白いシャツに着替えたのが『テツさん』で、そして着物姿のおれは『桂人』だ。そしてこの黄色いワンピースの娘が、妹の……」
あれ? おかしい……名前が出てこない。どんなに頭の中を探しても妹の名前が見つからなかった。
「テツさん、覚えているか。おれの妹の名前を」
「いや……俺も忘れてしまった。おかしいな、さっきまで呼んでいたのに」
妹は怯えることなく、納得しているようだった。清々しい顔で頷いていた。
「やっぱり……さっき、私の名前は天狗に捧げました。だからにーたまが新しい名前をつけて」
「なんだって? なんで、そんなことをした? 大切な名を捨てるなんて!」
「だって、にーたまを助けたかったんですもの。それに私、生まれ変わって新しい人生を歩みたかったから」
「馬鹿だな……おれなんかのために、そこまで」
「にーたまだからよ。大切なの。だから、にーたまが名前を下さい」
おれが新しい名前を妹に与える?
そんなことを……してもいいのか。
ユーリさんを縋るように見上げると、彼は片目を瞑って笑っていた。
「自由に……心の赴くままに、その子に未来を与える名前をつけてやればいいさ」
「分かった……本当にいいんだね。新しい名前になっても」
「もう、私も前の名前を思い出せないわ」
「じゃあ、お前の名前は……」
奪われるだけだった人生だったおれが、妹に名前を与える人となる。
妹だけじゃない。おれも新しい人生を始める時が来たのだ。
もう、全ては白紙に戻った。
真っ新なところから、始めよう。
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