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里帰り番外編『楓』 18
おれに面影が似た妹に与える名前か。
何もかも新しい状態に、白紙にするのだから……何がいいだろう?
まっさらにする……まっさらの状態とは白だ。では白が明るい未来へ向かうような、染まっていくような名前を与えたい。
おれが社に幽閉されている時……真っ白な雪が溶け、やがて道端に花が咲く再生の季節が大好きだった。
社に座り、道端の花をいつまでも見つめていた。風に揺れる花は可憐で、窮屈な毎日に少しの潤いを与えてくれた。
冬から春になるのが、毎年……待ち遠しかった。
「あっ……」
「桂人が思うがままに与えるといい。深く考え過ぎるな。今、何か浮かんだのだろう」
「あ……あぁ、テツさん。妹の名前は春子は、どうだろう?」
「いいじゃないか!」
テツさんが、大きく頷いて同意してくれたので、ホッとした。
妹は……はたして気に入ってくれるだろうか。
「はるこ……ハルコ、春子ね。にーたま、素敵よ! あぁ何もかも生まれ変わったようだわ。ありがとう。私に可愛らしい明るい名前をつけてくれて」
「お前は春子だ。おれの妹の春子……」
「にーたま!」
妹に抱きつかれ、猛烈に照れ臭くなった。
おれが感謝される日が来るなんて……肉親の温もりなんて、とっくの昔に忘れていたのに。
「お、おい……っ、春子、くっつき過ぎだ」
「いいの! 嬉しいんだから。にーたま、大好き!」
テツさんが隣で苦笑していた。
「やれやれ……これで一件落着だな。さぁ……もう冬郷家に帰ろう。きっと海里さんや柊一が心配しているぞ」
「……そうだな、テツさん」
今のおれには……帰る場所がある。
それが嬉しい。
里帰りは……もしかしたら……『里を蘇らせるための旅』だったのか。
里は雨に洗われ、元の姿に還ったのだろうか。
「里……還りか」
気にはなるが……おれたちは、里に戻り、それを確かめることはしない。
もうおれたちは十分、犠牲になった。
あとは、残された者たちで建て直していくしかないだろう。
「ところで、天狗さん」
「ユーリだ」
「ユーリさん、私の名前、本当に消えちゃったのね。名前から奪って下さいと頼んだから」
「何のことだ? オレは奪っていないが」
「えぇ! じゃあ、本当に天狗さんが来たのかも」
「そうかもな。正直、オレもあそこまで出来ると思っていなかった。名前のこと……後悔しているのか」
「いいえ!」
春子がはっきり言い切ると、汽車の到着と共に秋風が吹き抜け、駅舎に積もっていた落ち葉が舞い上がった。
まるで、花が舞うような色鮮やかな光景だった。
赤や黄色の紅葉が、踊り出す。
「ハハン! Mapleが綺麗だな。確か日本語で『楓』と言うんだよな?」
「カ・エ・デ?」
「楓?」
春子と一緒に『かえで』と口に出すと、無性に懐かしい気持ちになった。
「そう言えば、カエデの花言葉を知っているか」
「いや……」
「『大切な思い出』と『美しい変化』だ」
「ユーリさん、外人なのに、日本語に詳しいな」
「フフン、日本語を花言葉で覚えたのさ。オレは日本人の祖母が大好きだったから、幼い頃からくっついては色々学んだのさ。春子にも会わせてやりたいな」
大切な思い出と、美しい変化か。
それは……おれの横で期待に胸を膨らませる春子のようだと思った。
里帰り番外編『楓』了
あとがき
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いつも『鎮守の森』を読んで下さりありがとうございます。
『楓』は『春子』として生まれ変わりました。
今日で番外編『楓』は終わりですが、冬郷家に春子を連れて戻った時の様子も書きたいので、もう少しお付き合いください♡
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