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閉ざされた秘密 3
「おーい! テツ、いるんだろう? 開けろよ」
ドンドン、ドンッ――
窓ガラスまで叩き出すなんて!
テツさんの客は、こんな朝っぱらからずいぶん横柄で強引だ。だがこれ以上庭先で騒がれると、他の使用人に迷惑がかかる。
テツさんは戻ってこないし、参ったな。
くそっ、おれはこんな所で悪目立ちしたくない。
観念して窓を開けると、外人のような顔立ちの背の高い美丈夫が立っていた。
一体、何者だ?
使用人でないのは一目で分かったが、この屋敷では一度も見かけたことのない顔だった。
「あんた……誰?」
目を細めて問いかけると、相手も怪訝な顔つきになった。
「……お前こそ誰だ? なんでこんなに朝早くからテツの部屋にいる?」
それを聞く? おれだって訳が分からないのに。
「あぁそうか、分かったぞ。お前が新しい弟子だな。どうだ? 合ってるか。俺は勘がいいのさ」
「……」
「くくっ、恥ずかしがらなくてもいい。そうかテツの奴、木偶の坊かと思ったが意外とやるな」
「は? 何のことだよ」
「くくっ強気な奴だな。だがテツにはその位でいい。アイツのこと頼むぜ」
「さっきから……一体、何言ってんだよ!」
含み笑いをされて、カッとなった。
「おっと、気性の荒い野良猫みたいな奴だな」
「うっ、五月蠅い!」
窓を閉め視界から抹殺しようと思ったら、背後にあたたかい熱を感じた。 テツさんの手が、窓を閉めようとするおれの手首を制していたのだ。
「海里さん、どうしてここに?」
「テツ、お前やるな、もう連れ込んだのか」
「はぁ? 何を言って?」
「まぁ照れ臭いよな。こんな早朝に立ち寄った俺が悪かった。お前、昨夜結構酔っ払っていたのか。大事な仕事道具忘れていたぞ。ほら」
「あっ」
彼はテツさんの剪定鋏を手に持っていた。
海里さんと呼ばれる人は何者なのか、だいたい今の会話で分かった。テツさんが週に2日通っている屋敷の住人だろう。館の主なのか……高貴な雰囲気を漂わせている。
「すみません」
「これがないと仕事にならないと思って、届けてやったのさ。柊一が待っているからもう戻るよ」
やれやれ、おれも……早くこの場から消えよう。
「あっ、そうだ。いい所に! 海里さん少し時間ありますか」
「ん?」
逃げかけていた腕を、テツさんにまた掴まれてしまった。
「コイツが……桂人が足に怪我してしまって、治療してもらえませんか」
おいっ、何でいきなり……そう来る? テツさんって人は、行動が読めない。頼むから、おれになんて関心を持つな! ろくでもないことになるぞ。
誰も……巻き込みたくないのに。
****
森宮家の医務室を借りて、桂人の足指の怪我を海里さんに治療してもらうことになった。
ここは病院と同じ設備が整っている。海里さんはれっきとした外科医だし、休日は……屋敷の従業員の診察を任されていたので使用許可もあるので問題はないだろう。
「なぁテツ、随分と気性が荒そうな子だな」
「そんなことない。少し動揺しているだけだろう。普段はツンと澄まして、感情を露わにしない子ですよ」
「ふぅん……さぁ足を出してご覧」
「いいっ、治療なんて不要だ!」
「おいおい、結構深く切っているようだ。放っておくと化膿して厄介だ。外科医の俺が縫ってやるっていってるんだ、観念しろ」
「い、嫌だっ!」
桂人にしては珍しく、感情を剥き出しに抵抗しているが、朝になってもだいぶ痛む様子からも、きちんと診てもらう必要がある。
「海里さんは腕のいい外科医だ。信じろ」
「おれに治療なんて不要だ!」
「桂人、少しじっとしろ。お前が働けなくなるのは、俺が困るんだよ」
「う……」
桂人を背後から抱くような感じで押さえつけ、診察台に座った。布団の中でも感じたが、折れそうに細い躰だ。
「あ……離せっ」
「おいおい、そんなに暴れると、テツに抱かれている時間が長くなるだけだぞ」
海里の一言に、首筋を赤くして俯いてしまった。感情の起伏のない奴だと思っていたが、これは意外だ。
「やっぱり縫わないと。結構出血して驚いただろう」
「言うなっ」
「じっとしていて、消毒するよ」
「あうっ――!」
男の物とは思えない艶めいた声に、一瞬驚いてしまった。更に俺の腕の中でビクビクと震える様子に、柊一の言葉を思い出す。
『テツさん、人は見かけによりませんよ。強そうに見える人でも、そう見えるようなフリをしている事もあります。自分を偽って感情を抑え込でいることもあるので、よく見てあげて下さいね』
強がっているだけなのかもしれない。
桂人は……
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