1550人が本棚に入れています
本棚に追加
まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 2
「兄さま、帰ってきましたよ! 桂人さんとテツさんが、あそこに見えます!」
「本当?」
書斎で書類に目を通していると、窓辺に佇んでいた雪也が叫んだ。
よかった! 無事に戻って来てくれて嬉しい。
急いで僕も確認すると、桂人さんとテツさんの姿が見えたので、安堵した。
更に桂人さんの横には、黒髪に黄色い花をつけた女の子がいた。
あの子が、桂人さんの妹さんなのか。
僕が里帰りする彼らに託した思いを、受け取ってもらえたようだ。
手紙には、こう書いた。
『桂人さん、妹さんに無事に巡り会えましたか。これは一つの提案で、不要なことかもしれませんが……もしも妹さんが希望するのなら、我が冬郷家に連れて来て下さい。今の冬郷家なら、あなたの大切な妹を匿えます。新しい人生を送ることが出来ます』
海里さんから桂人さん達の里帰りに合わせて、森宮の分家に対して、現地で『最後の禊ぎ』をすると聞いていたので、桂人さんの妹さんに何かあったら大変だと、不安が拭えなかったのだ。
勝手に名乗り上げてしまったが、役に立って良かった。
「兄さま、玄関までお迎えに行きましょう」
「あ、うん……でも……もう一人、後ろに男性がいるようだが」
「あの方は、海里先生がお話して下さった、英国のお従兄弟さんですよ。きっと!」
海里さんから、桂人さんたちの里帰りのタイミングで、英国から精霊を招いたと聞いていたが、あの方がエルフなの? そう思うとワクワクしてきた。
雪也が張り切って階段を、トントンとリズミカルに下りていく。
(そんなに走ったら駄目だよ)と言いそうになったが、雪也はもう健康になったのだ。
弟の健康そうな背中に、じわっと嬉しい気持ちが滲み出た。
(ゆき……手術、成功して良かったね。経過も良好で……本当に良かった)
さぁ出迎えよう! 僕らにとって、彼らはもう家族だ。
だから……とても大切な人達の帰宅だ。
「お帰りなさい!」
勢いよく扉を開くと、テツさんが立っていた。
「テツさん! ご無事で何よりです」
「柊一、ただいま! 君の言葉に甘えてしまったが、良かったのか、本当に?」
「もちろんです。ぜひ! さぁ、桂人さんの妹さんを紹介して下さい」
「あぁ、桂人、紹介を」
「う、うん」
テツさんが横にずれると、桂人さんの顔が見えた。
更に凜々しく美しくなった顔に、見惚れてしまう。
「桂人さん! お帰りさない」
「あ……あぁ……た……だいま」
桂人さんはツンと澄ました顔でぶっきらぼうに言い放ったが、目元を染めて恥ずかしそうにしていた。すると隣で、くすくすっと笑い声がした。
「にーたま、春子にも早く、王子様を紹介して下さいな」
「あ、あぁ……あの、柊一さん、おれの妹の……春子です。本当にここでお世話になっても?」
「もちろんです。あぁ、桂人さんに面影が似ていますね」
「春子です。兄が大変お世話になっています」
「は……春子……」
桂人さんが、たじたじなのが分かる。
溌剌として物怖じしない、爽やかな妹さんだ。
「春子さん、はじめまして。僕が冬郷家の当主、冬郷柊一です。そしてこちらが僕の弟の雪也です」
いつもなら、自分から挨拶をする雪也が押し黙っているので、怪訝に思った。
「雪也? 挨拶は」
「あ……すみません。あの、冬郷雪也です。春子さんは何歳ですか」
「私? ちょうど16歳になったばかりよ」
「わ、僕と歳が近いですね」
「そうなのね。良かったわ~なんだか大人の男性ばかりだと思っていたけど、あなたみたいな人がいるなんて心強いわ! 春子と仲良くして下さい! どうぞよろしくね」
春子さんが雪也の手を掴んでギュッと握ると、雪也の顔も桂人さんみたいに赤くなった。
今はまだ季節は冬に向かう所だが、一足先に、春がやってきたようだった。
最初のコメントを投稿しよう!