まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 4

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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 4

「こんにちは!」  突然、居間に現れたのは、美しい女性だった。  あ……この人は……確か。 「テン!」  おれが叫ぶと、皆が顔を見合わせてキョトンとした。 「な、なんだよ? おれは間違えてない、この人の名前はテンだろ」  テツさんが珍しく肩を揺らして苦笑している。何でだよ? 「い、いや……桂人。それは秋田犬の名前で、彼女は白江さんだよ」 「え……」 「柊一の幼馴染みの白江さんだ」 「そ、そうだったか」  一部始終を聞いていた、白江さんが笑いを堪えていた。 「うふふ、あぁ、面白いわ! 私を犬の名前で呼んだのはあなたが初めてよ! 最高ね!」 「にーたまってば、もう、しっかりして」  春子にまでたしなめられて、ますます居場所がない。  すると、テツさんが俺の前に立ちはだかってくれた。  庇うように、話をすり替えてくれる。  優しいな、テツさん。あなたのそんな所も好きだ。 「その子は、白江さんのお子さんですか」 「えぇ、2歳なの。よろしくね」  春子がしゃがみ込んで、女の子の頭を撫でた。   「わぁ、めんけぇな!」 「まぁ、東北の言葉ね。この子は……えっと」 「おれの妹だ」 「まぁケイトくんの妹さんなのね。あぁそう言えばお兄さんに似ているわ」 「ほ、ほんと?」    すると春子がパァッと明るい表情になった。    しかし……ワンピースを着てはいるが、顔にはまだ泥がついていて、髪もお下げを自分で切り落としてしまったので、揃っておらずバサバサで、不憫だった。 「あら……ちょうど美容師が家に来ているのよ。髪の毛、整えてあげましょうか」 「え……春子のこと、綺麗にしてくれるの?」 「えぇ、とびっきり可愛くしてあげるわ。桂人さん、この子をお借りしてもいいかしら?」 「……あ、よろしく……お願いします」 「ふふ、じゃあ双子のこと、よろしくね」 「え!」  白江さんというのは、かなり身軽な女性らしい。  あっという間に春子をその気にさせて、連れて行ってしまった。 「あ……じゃあ、桂人さんはこっちの女の子をみていてください」  テツさんとおれの間に、2歳のよちよち歩きの女の子を連れて来られて、いよいよ困ってしまった。 「て、テツさん……こまるんだ。おれは……こういうの……慣れていないんだ」 「桂人、落ち着け。大丈夫だ。俺は屋敷のお嬢さんの子守りをしていたから、俺が相手をするよ」 「そ、そうなのか」  なんだよ! それ……聞いていない。  あの森宮の屋敷には、雄一郎の娘が二人いた。  テツさん……女の子と接したことあるのか。  おれだって、面倒くらい見られるよ。  テツさんはおれのもんだ! 「にーたま?」  足元にくっついてきた女の子が、おれを可愛い声で呼んだ。  その声にハッとした。  秋田の山奥の村で暮らしていた時、いつもおれをそう呼んでくれたのが、春子だ。  懐かしい思い出だ。おれだけを見つめ、いつもくっついて、いつもおれの背中で眠って、おれを暖めてくれた妹の存在が、あの貧しい生活での支えだった。 「よし、おんぶしてやる。お前……名前は?」 「にーたまぁ」    おんぶしてやると、天使のように愛らしい顔の女の子は、恥ずかしそうにおれの背中に顔を埋めた。擽ったい気持ちになるな。 「桂人は、幼子のおんぶが上手だな」 「にーたま。にーたま」 「はは、めんけぇな!」 「ゆー。ゆー」 「ん?」 「この子の名前じゃないか」 「あぁ、ゆーちゃんか」 「そう!」  柔らかい温もりに、ホロリと涙が滲んだ。  **** 「わ、わわ……あーちゃん、ちょっと待って!」  僕が子守りするのは、白江さんの長女のあーちゃん。  とにかく白江さんの小さい頃のように活発でお転婆だ。双子でも性格が全く違う!ゆーちゃんは大人しいのに、真逆だよ! 「キャッ! キャッツ!」  嬉しそうに声を上げて、どんどんお屋敷の廊下を走って行ってしまう。あっという間に見失いそうだ。慌てて追いかけた。 「あーちゃん、待って! 雪也、あーちゃん、どこだ?」 「あっ! 兄さま、階段をあんなに上っていますよ! 危ない」 「本当だ」  するとあーちゃんが、階段を踏み外した。  大変だ! 慌てて駆けつけようとしたら、二つの影が同時に動いた。 「Watch out!」(危ない!) 「危ない」  二人の逞しい男性に、同時に支えられたあーちゃんは、得意気に手を上にかざして笑っていた。 「あ……危なかった。あっ! 海里さん! そしてユーリさん!」  いつの間に戻ったのか……海里さんが助けてくれた。同時に、いつの間に起きたのかユーリさんも助けてくれた。  すごい! 二人は勇敢な王子様のようで、僕は立場も忘れて、階段の上に立つ高身長の美丈夫を頬を染めて見上げてしまった。 「ヤァ! 海里! 久しぶりだな。あの坊や、可愛いな。ハハン……オレに見惚れているぞ」 「違う! 柊一は、俺に見惚れているんだ!」  勇敢なはずの王子同士が、なにやら僕のことで……言い争っている? あとがき(不要な方はスルー) **** ようやく楽しい雰囲気になってきましたね。 オールキャストなので書くのに忙しく、賑やかな感じです! お付き合い下さる読者さまには感謝しています♡ そして白江さんの双子の娘、あーちゃんとゆーちゃん……感慨深いですね。 『重なる月』との、クロスオーバーになっております! また秋田犬の話は『まるでおとぎ話』342頁。執事レッスン12に出てきます。 https://estar.jp/novels/25598236/viewer?page=342        
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