まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 5

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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 5

「海里さん! お帰りなさい」  海里さんがあーちゃんを抱っこして階段を下りてくる様子があまりに素敵で、見惚れてしまった。   「また柊一が、あーちゃんの世話を? 白江さんはどこ?」 「あ、あの、これには事情があって……」 「まぁいい。居間でゆっくり聞こう。まずはユーリの相手をありがとう。コイツ、少し変わっていただろう? 大丈夫だったか」 「あの……殆ど眠っていらしたので、まだきちんと挨拶というか、説明が出来ていなくて」  海里さんが戻ってきて下さった途端、肩の荷が下りたように安堵した。 「フフン、シュウイチ、君ってとてもキュートだね。オレと付き合わない?」 「えぇ?」    海里さんよりも背が高いエルフのようなカッコイイ外国人にウィンクされて、卒倒しそうになった。まるでおとぎの国に迷い込んだみたい。 「ユーリ! よせっ、柊一にそれは駄目だ! 柊一はおとぎ話にとても弱い。ハッキリ言っておくが、柊一は俺の大切な相手だ」 「なんだ、残念だな。可愛い男の子はみんな売約済みか。英国でもふられたしな~」 「柊一は売り物ではない! それに……お前、まさか他でも、ちょっかい出したのか」 「ハハっ! 可愛い子だったよ。海里~、そう睨むなって。お前がそんなに真剣な顔をするほど、大切な相手なんだな」 「そういうことだ」  海里さんが断言して下さったので、嬉しかった。  それにしてもユーリさんは、日本語がとても上手だ。 海里さんの従兄弟と事前に聞いていたが、外見は英国人そのものだから、その差異に驚いた。 「ユーリの父親は英国人だが、祖母が日本人だからだよ。おっと、痛っ……あーちゃんも飽きたようだし、リビングに移動しよう」 「あ、はい!」  あーちゃんは、彼の少し長めのくせ毛を引っ張るのが好きなようなので、海里さんが困ったように笑っていた。  もしも父親になったら、そんな顔をされるのかな。  そう思うと、少し寂しくなった。  すると、海里さんがそっと耳元で囁いてくれる。  彼は……僕を不安にさせない。 「柊一が何を考えているか分かるよ。俺はこの人生を待っていた。柊一がいてくれるのが、一番嬉しいんだ。心配しなくていい」 「すみません。いつも僕は……」 「俺だけを見て、何も怖くない」  優しい人、愛おしい人。  大海原も……海里さんがいれば、怖くない。  **** 「まぁ! あなた、本当に……とても綺麗な顔立ちなのね」 「私はそんな……それより、白江さんは本物のお姫様みたい!」 「うふ、えっと春子ちゃんもお姫様みたいになりたい?」 「私は……無理よ。にーたまみたいに綺麗じゃないから」  お城のようなお屋敷の一室。  豪華な飾りが続いた鏡台で、美しい白江さんに顔をじっと見つめられて、恥ずかしくなった。    私なんかよりも、ずっと綺麗なのが、にーたまだわ。  昔から美しい顔立ちの兄が大好きだった。10年ぶりに再開した兄は、都会で暮らしているせいか、垢抜けていて驚いた。   「にーたま? あぁケイトくんね。彼は黙っていれば貴公子みたいに品があるのに、ふふふ、私のことをテンですって。あぁ痛快だわ!」 「ご、ごめんなさい。にーたま、ちょっとぽやんとしていて……だから私が守ってあげないと」  思わず兄の失態を謝ると、白江さんは首を横に振った。 「違うの! あのお屋敷の皆さんはね……破天荒な人達ばかりで楽しいの。私ね、ずっと敷かれたレールの上を歩んでいるから憧れるわ」 「そ、そうなんですか」 「ねぇ、今から春子ちゃんを大変身させてもいい?」 「は、はい!」 「彼らを驚かせましょう!」  大好きな兄に少しでも綺麗になった春子を見せたくて、思わず大きく頷いてしまった。 「髪の毛、ゴワゴワね……ずぶ濡れになったの?」 「あ……すごい雨で」 「じゃあ、パッとお風呂に入って、全身にクリームを塗って、つやつやにしてあげるわ。それから髪も整えて、唇にはリップクリームを塗りましょう。春子ちゃん可愛い顔立ちだから、絶対に映えるわよ! 可憐なお姫様になれるわよ」  私が……お姫様?   こんな世界、知らない。  雪国の田舎育ちの私には無縁よ!  ここは、まるでおとぎの国だわ!
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