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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 6
『春子さん』……いや、同年代だから『春子ちゃん』がいいのかな?
桂人さんの妹さんを、何と呼んだらいいのか分からなくて考え込んでしまった。
おかしいな。僕は幼い頃から心臓が悪く入院を繰り返していたので、病棟内で女の人の輪に入って過ごすことも多く、女性には慣れていると思ったのに。
何故か妹さんに対しては、ドキドキして落ち着かない。
僕……今、どんな顔をしている?
さり気なく廊下の鏡に映る自分の姿を確かめると、なんとなく以前より雰囲気が変わったように感じた。
年が明けてすぐに心臓の手術を受け、無事に成功したせいか、最近の僕は背も伸び出し、体型も少し変化してきている。少しだけど、男らしくなってきたかも。それまでは平均身長よりも低く、細い身体だったから新鮮な変化だ。
ずっと兄さまに似ていると思っていたけれども、もしかして僕は父さまに似ているのかも。
そっと……自分の胸に手を当てた。
規則正しく動く心臓の音は力強く、いつもより鼓動が早いようだ。
すると兄さまたちが、あーちゃんを無事に捕まえて戻って来た。
「雪也、ここにいたんだね。どうしたの? さっきから様子が変だね」
「な、何でもないです」
「雪也くん? どうした、少し顔が赤いが」
海里先生が憂わしげな表情を浮かべている。そのまま脈を測られそうになったので、大きく一歩下がってしまった。
この火照りと心拍の速さは、病気じゃない!
それを僕は知っているので、突然恥ずかしくなった。
「だ、大丈夫です。あ、あの、僕があーちゃんと遊びましょうか」
「あぁ頼む。この子は、相変わらず俺の髪ばかり引っ張るから。いたた……」
「ふふっ、いつも海里先生はモテモテですね」
「俺は柊一にだけモテればいいよ。な、俺は君、一筋だよな?」
「海里さん、雪也の前で……そんなこと」
「くすっ、ご馳走様です!」
兄さまは海里先生の隣で、頬を染めていた。そうだ!
「兄さま、あの……ちょっと脈を測らせてください」
「えっ、どうしたの?」
頬を染めた兄さまの脈はトクトクと、僕と同じで速かった。
「兄さまの脈が速いのは、どうしてですか」
「え! それを聞く?」
兄さまが動揺して答えに窮していると、背後でニコニコと様子を見守っていたユーリさんが、すかざす教えてくれた。
「それは、シュウイチが海里に恋をしているからさ! 人間は好きな人を前にすると、意識することから緊張し、脳から『アドレナリン』という物質が過剰に出るんだ。アドレナリンは心臓の動きを活発化させる作用を持っているから、心臓がドキドキするんだぜ。それで……君は誰にドキドキしたのかな?」
誰にって、それは、その……。
さっき、どうして春子さんにドキドキしたのか、まだよく分からない。
しどろもどろになっていると、兄さまが助けてくれた。
「雪也、取りあえず落ち着こう。そうだ、温かいお紅茶を淹れてあげるよ。あと新作のケーキも味見してくれる?」
「はい!」
いつも優しい兄さま、大好きな兄さま。
いつだって毅然として僕を支え、導いてくれる人。
もしも僕が……兄さまみたいに『生涯の愛』を誓う恋をしたら、真っ先に知らせます。
手術を受けた僕は、ちゃんと大人になれます。
僕はまだ15歳だけれども、いつかきっとそんな日がやってきます。
****
「テツさん、ゆーちゃんは寝たのか」
「あぁ、桂人の背中でぐっすりだ」
「ふっ、懐かしいな。春子をこうやってよくおんぶしてやりましたよ」
「そうか……桂人は良い兄だな。今も昔も――」
そう言うテツさんにだって、兄弟がいたはずなのに、おれのせいで、テツさんの里帰りも空振りに終わってしまった。
「テツさんにも、兄弟がいたのに……すまない」
「それはお互いさまだぞ。俺は春子ちゃんを救えて良かったと思っている。だが……」
「あの?」
「少し妬いている」
「え?」
驚いて顔を上げると、その拍子にテツさんに唇を奪われた。
「あ……、あの、何に?」
「春子ちゃんは、桂人の実の妹だって分かっているが、やっぱりだな……」
「ふっ、テツさんは案外気が小さいな。おれが己の身体を委ね、明け渡す程……愛しているのはをテツさんだ! 妹への愛情とは別次元ですよ」
そう言い切ると、背中で眠っていたはずの、ゆーちゃんが寝言を言った。
「……ん……あ、つい……」
えっ……暑い? それとも、熱い……?
思わずテツさんと顔を見合わせて、笑ってしまった。
「テツさん、おれ……あなたに早く触れたくなってきた」
「俺もだ。本当はゆっくり旅先で桂人を抱きたかったのだが……結局、森宮の分家の禊ぎを完了させることで終わってしまったな」
「テツさん、おれはこう思います。出来なかったらのならば……すればいい。今、一緒にいるのだから」
「参ったな。桂人は男前過ぎる。俺も負けていられない!」
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