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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 6
「これが……私?」
「そうよ、春子ちゃんよ!」
鏡の中に映る私は、私の知る私ではなかった。髪も綺麗の顎の線で切り揃えてもらい、ハイカラになっていた。震える手で頬を撫でると、つるんと滑らかで驚いた。
「わ……お餅みたい」
「頬がかさついていたので、薔薇の化粧水と保湿クリームを塗ったのよ」
「すごい……」
指先で唇に触れると、ぷるんと潤っていた。
「そこはね、乾燥していたから、蜂蜜リップを塗ったのよ」
「なんだか、魔法にかけられたみたい」
「ふふ、おとぎ話の世界が近くにあるからかしらね」
「やっぱり! あそこは本当におとぎの世界なんですか」
「春子ちゃんもそう思う? みーんないい人ばかりよ。私もいつも憧れて眺めているわ。さぁ変身した姿を見せに行きましょう。誰が一番驚くかしら?」
ユーリさんが買ってくれた黄色いワンピースも、先ほどよりずっと似合っていた。
「あ、あの……これ、つけても?」
にーたまが摘んでくれた黄色い秋桜は、どうしてもまたつけたかった。
「春子ちゃんは、お兄さんが大好きなのね」
「あ……あの、だって10年ぶりに会ったんです。すごく格好良くなっていて……」
「確かにケイトくんは、男前なクールビューティーよね」
「くーる? びゅ???」
「ふふ、気品を漂わせ凛とした雰囲気を持っている人のことよ」
幼心にも美しく頼もしい兄だった。大好きで大好きで溜まらなくて、どうして突然私を置いて消えてしまったのか分からず、困惑したわ。家族の誰もが口にしなくなっても、私だけは絶対にまた会いたいと願い続けていた。
****
「お待たせ、春子ちゃんが大変身したのよ。見て下さる?」
白江さんの背中から、ひょいと顔を覗かせると、まずは兄と目があった。
兄は目を見開いたまま、何も喋らなかった。隣のテツさんはあまり関心がないようだった。
一方、ユーリさんは「おお! コレハ驚いた。大変身だな。お姫様のようで、とっても可愛いよ」と、大声で感動してくれた。
その横の柊一さんの弟さんと目が合うと、彼は目を見開いた後……慌てた様子で目をそらしてしまった。
あれ? 私……そんなに変かな? お姫様みたいになれたと思ったのにな。この家の人達は皆さん年上だけれども、彼だけは年が近いから仲良くなれると思ったのにな。
確か、雪也くんだったわよね。
柊一さんは穏やかな眼差しで見つめてくれていた。そしてその隣に、もう一人知らない人が増えていた。ユーリさんに負けず劣らず大柄な、美丈夫で……また外人さんなのかな?
「はじめまして。俺は日本人だよ。英国の血が1/4混ざっているが」
「あ、あの、春子です」
「どうぞよろしく。海里です。春子ちゃんが無事で良かったよ。俺は医師だから、何かあったら遠慮無く頼ってくれ」
「お医者様!」
白薔薇のお屋敷には、美しい男性が暮らしている。
なんだか昨日までの生活と違い過ぎて、緊張してきたわ。
すると足下に小さな女の子がまとわりついてきた。
「きゃっ! 可愛い」
「双子の娘よ。この子は朝。お姉ちゃんの方よ。もうね、お転婆で大変なの。目を離すとすぐに脱走するのよ」
「白江さん、本当にあーちゃんはお転婆娘だね。さっきも海里さんとユーリさんが助けてくれたから事なきを得たけれども、大変だったよ」
「ふふふ。柊一さんの手には負えないわね」
お転婆な女の子か。
かつての私みたい。この子とは、気が合いそうだわ。
「よーし、お姉ちゃんと遊ぼうか」
「わぁ!」
すると、もう一人、同じ顔の女の子が、にーたまの背中にいた。
じっと、こちらを見ている。
二人とも天使のように可愛らしいお顔だわ。
「ケイトくんがおんぶしてくれているのが、次女の夕よ。性格は真逆で……とても大人しいの」
「双子といっても、全然違うのですね」
「そうなの、だから私は大忙しよ。お手伝いさんにも懐かなくて大変。でも春子ちゃんには、朝が珍しく懐いているわ」
「ちょっと一緒に遊んでもいいですか」
「ありがとう!」
****
「春子さん、取りあえず離れに部屋を用意しました。今後のことはおいおい考えて行きましょう」
柊一さんは、穏やかで気高い雰囲気の人。この家のご当主さまだと聞いたので、どんなおじさんかと思ったのに、若くて可愛らしい人だったので、拍子抜けしてしまった。
「春子さん、これは、白江さんに揃えてもらった寝間着と着替え一式です。どうぞ、よかったら使って下さい」
「わぁ、ありがとうございます」
「柊一さん、ありがとうございます。春子、行こう」
「はい! にーたま」
よかった! 兄と同じ場所に泊まれる。
そう思うと、ワクワクした。
ところが……
「え? 春子だけ違う階なの?」
「柊一さんが気を遣ってくれたんだよ」
「……にーたまといっしょに眠りたい。にーたまの部屋がいい」
「えっ……お前はもう16歳だよ」
「だって、私の中のにーたまは5歳の時、突然消えちゃったから。お願い一緒にいて。今日だけでもいいから。知らない場所で突然ひとりで寝るのは怖いわ」
そう告げると、兄は辛そうな顔をした。
「確かに……怖いよ。それは分かる。よし、じゃあおれが春子の部屋に行くよ。寝付くまで傍にいてあげるから、それでいいか。テツさん、すみません。そうしても、いいですか」
どうして兄さまの部屋に入れてもらえないのか、どうしてテツさんの許可が必要なのか分からない。兄さまが庭師の弟子だから?
まだまだ、10年間行方不明だった兄の全ては分からない。でも、これ以上我が儘を言って困らせたくない。
「にーたま、ちゃんと手を繋いでいてね」
「……ごめんな。あの日、春子の手を離して――」
「また会えたから……いいの」
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