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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 7
「おやすみなさい。兄さま」
「おやすみ、雪也」
パタンと扉を閉めて自分の部屋に戻って行く弟のことが、気がかりだった。
「あの……海里さん。雪也、やっぱりどこか具合が悪いのでしょうか。手術も成功し、すっかり元気になったと思ったのに、なんだか今日は……手術前のようで心配です」
思わず海里さんに、訴えてしまった。
「柊一? どうして、そう思う?」
「さっきも僕の脈を測ったり、自分の心臓に手をあてたり、額にも……あぁ、もしかして熱が出てきたのでは、そういえば顔色も赤かったですよね」
僕は必死に訴えているのに、海里さんはどこか余裕の表情を浮かべていた。
「あ、あの……」
「柊一は、俺とこんなに深い愛を築き上げているのに、余所事には、まだまだ初心だな」
「う……初心って、あの?」
「まだ分からない?」
「え……っと」
「君と俺が恋に堕ちた時、君の胸は痛まなかった? 脈が速くなったことは? 頬が火照るように熱くなったことはなかったか」
「あ……あの」
そのまま、海里さんにすっぽりと抱きしめられた。
彼の匂いに包まれると、心が落ち着いてくる。しかし同時に身体が何かを期待するように疼き出し、胸の鼓動もトクトクし出す……痛い程に。
「あ……もしかして、ゆき……」
「雪也くんにとっては『初恋』かな」
海里さんの言葉が甘酸っぱく聞こえた。
「は、初恋ですか。あの雪也が……」
「おいおい、彼はもう15歳だ。遅すぎる位だよ」
「で、ですが」
「柊一の初恋は、誰だ?」
海里さんが、僕の頬を手で挟んで聞いてくる。
「もしかして……白江さん? 彼女は今もお綺麗だが、少女の頃はさずかし可憐だったろうな」
「ち……違います。彼女は幼馴染みだし、僕を男性として見ていませんでしたよ」
「ははっ、なかなかやり手だもんな」
「あの、僕はそれどころでなくて、家督を継ぐのと、雪也が気がかりで。瑠衣が唯一心を許せる友のような存在でした」
瑠衣の名前を出すと、海里さんが苦笑した。
「ここで瑠衣の名前を出すなんて、君は悪い子だね。もしかして初恋は瑠衣にじゃないよな」
「も、もう! 違います。僕は、最初から最後まで海里さんだけなんです。ご存じのくせに……」
拗ねるように言うと、更に優しくキスされた。
「知っているよ。君は何も知らない子だった。キスの手解きをしたのも、俺だ」
「あ……あの日は驚きましたね」
「ん?」
「ほら、中庭で月光を浴びながら接吻のレッスンをしていたら、瑠衣とアーサーさんが突然登場して」
「あぁ、あれには俺も固まった」
「瑠衣とはなんとも気まずい再会でしたね。くすっ」
「瑠衣は君の保護者気分だったのかもな。なか柊一、久しぶりに月を見に行くか。秋は月が綺麗だ」
海里さんに誘われたが、先に……少しだけ時間をもらった。
「雪也の所に少しだけ行ってきても?」
「もちろんだよ。兄としてアドバイスを……この件に関しては、君の方が遙かに先輩だぞ」
「はい! 少しだけ、待っていてくださいね。あの、ありがとうございます」
****
俺に向かって、柊一があまりに優しく微笑むから……
愛おしすぎるという感情に触れて、無性に泣きたくなった。
「柊一……君は俺に優しすぎないか」
柔らかな頬を撫でてやると、君は長い睫毛を震わせた。
「海里さん……あなたのことが……心の底から、好きなんです」
シンプルで迷いのない言葉が、俺のハートを射貫く。
だから……何度でも誓うよ。
君を一生、大切にしたい!
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